31.意識してしまう距離
31.意識してしまう距離
「冗談だよ」
由愛がそう言って微笑んだ。
けれど、その横顔がほんの少しだけ赤く見えたのは気のせいだろうか。
(……冗談って言われてもな)
陽翔は複雑な気持ちのまま、屋上の柵にもたれかかる。
目の前に広がる青空はどこまでも澄んでいて——なのに、胸の中は妙にざわついていた。
「……なあ」
「ん?」
「お前さ、本当に俺と一緒にいるの、平気なのか?」
「どういう意味?」
「だって、噂になってるし……それに、橘って、あんまり誰かとべったりするタイプじゃないだろ?」
由愛は少し考え込むように視線を泳がせ——それから、静かに言った。
「うん。でも、藤崎くんは……なんていうか、話してて落ち着くから」
「……俺が?」
「うん。変に気を遣わなくてもいいし、自然でいられる感じがする」
その言葉を聞いて、陽翔はどこかホッとした。
(……そっか)
由愛にとって、自分は「話してて落ち着く相手」なんだ。
それはそれで嬉しいけど——同時に、妙な物足りなさも感じる。
(俺は……どうなんだ?)
ここ最近、由愛のことを意識することが増えた。
一緒にいるとドキドキするし、気づけば彼女の表情を追ってしまう。
(やっぱり、これって……)
考えがまとまりかけたその時、由愛がふと陽翔の袖を引いた。
「藤崎くん」
「ん?」
「……これからも、一緒にいてくれる?」
「……は?」
陽翔は驚いて由愛の顔を見た。
その表情は、どこか不安そうで——だけど、どこか期待しているようにも見える。
「私、藤崎くんと話してると楽しいし……もっと、知りたいって思うから」
「……」
(これ……冗談じゃないよな?)
由愛の言葉には、さっきまでとは違う“本気”の響きがあった。
陽翔は一瞬迷ったが、やがて苦笑しながら頷いた。
「……まぁ、いいけど」
「本当?」
「ああ」
「……よかった」
由愛はふっと笑い、袖をつかんでいた手をそっと離した。
その仕草がどこか名残惜しそうに見えて——陽翔の胸が、また静かに高鳴る。
(……ダメだ)
これ以上、意識しないなんて無理だ。
そう思いながら、陽翔は由愛の横顔をそっと見つめた。
——これが「ただのクラスメイト」のままでいられるはずがない。
そんな確信が、静かに胸の奥で膨らんでいくのを感じていた。




