29.噂の余波
29.噂の余波
午前の授業が終わると、休み時間の教室はにぎやかさを増した。
そんな中、陽翔は微妙な空気を感じていた。
(……なんか、視線多くね?)
ちらっと周囲を見回すと、数人の女子がこちらを見ながら何かをひそひそ話しているのが目に入った。
——そして、その話題の中心にいるのは、間違いなく橘由愛だった。
「ねえ、やっぱり藤崎くんと橘さんって……」
「いやでも、橘さんってもっとクールな感じじゃない?」
「でも、今朝一緒に登校してたんでしょ?」
そんな断片的な言葉が聞こえてくる。
(うわ……マジで噂になってる)
陽翔はため息をついた。
もちろん、特にやましいことはない。
それなのに、こんなふうに注目されるのは正直落ち着かない。
(……橘は平気なのか?)
ちらっと由愛を見ると、彼女は特に気にする様子もなく、いつも通り席で本を読んでいた。
(さすが、マイペースだな……)
そう思いながらも、ふと疑問が浮かぶ。
(いや、もしかして気づいてないだけか?)
試しに、軽く話しかけてみることにした。
「なあ、橘」
「ん?」
由愛が顔を上げる。
「……噂とか、気にならねぇのか?」
「噂?」
「ほら、今朝一緒に登校したこと。クラスのやつらが、いろいろ言ってるみたいだけど」
「ああ……」
由愛は少し考えるように視線を漂わせ——そして、ふっと微笑んだ。
「別に、気にしないよ」
「そ、そうか」
「それに、藤崎くんは気にしてるの?」
「え?」
「そんな顔してる」
由愛はじっと陽翔の顔を見つめる。
その瞳に見透かされるような気がして、陽翔は思わず目を逸らした。
「……いや、まあ、ちょっとな」
「そっか。でも、私は——」
そこまで言いかけた瞬間だった。
「おーい、藤崎!」
突然、クラスメイトの篠原拓海がこちらに近づいてきた。
「お前、橘さんと付き合ってんの?」
——教室が、一瞬静まり返る。
「……は?」
陽翔は思わず間抜けな声を出した。
周囲の視線が一気に集まるのを感じる。
(おいおい、いきなり何言い出すんだよ……!)
「だってさ、朝も一緒だったし、さっきも二人で話してたし、どう見てもそうじゃね?」
「いや、違うから」
「マジで?」
「マジで。ただのクラスメイトだっつーの」
「ふーん、でもなんか怪しいんだよなぁ」
拓海がニヤニヤしながら言うと、周囲のクラスメイトたちも「確かに〜」と盛り上がり始める。
(……めんどくせぇ)
陽翔は内心ため息をつきながら、由愛の方を見た。
(こいつ、こういうの苦手なんじゃ……)
しかし、由愛は意外にも落ち着いていた。
それどころか——どこか楽しそうにすら見える。
「……ねえ、藤崎くん」
「ん?」
「もし本当に付き合ってたら、どうする?」
「は?」
由愛の不意の言葉に、陽翔は思考が一瞬止まる。
周囲のクラスメイトたちも「えっ?」という顔をしている。
「え、ちょっ、橘さん、それって……?」
「ふふ、どうだろう?」
由愛はクスクスと笑う。
(……からかってんのか?)
陽翔は一瞬ムッとしたが、同時に心臓がドキドキとうるさく鳴っているのを自覚した。
(なんだよ、この空気……!)
周囲の期待のこもった視線、由愛の意味深な笑顔——。
まるで、本当に何かが始まりそうな雰囲気だった。




