28.噂と意識
28.噂と意識
「おはよ、陽翔!」
教室に入ると、クラスメイトの佐伯健太が近づいてきた。
「おう、おはよう」
「なあ、お前、橘と一緒に登校してたろ?」
「……え?」
思わず動きを止める。
「ほら、さっき校門のとこで見たやつが言ってたぞ。『藤崎と橘が二人で登校してた』って」
「いや、たまたま道が一緒だっただけだろ」
陽翔は何気なく答えたが、健太は意味ありげにニヤついた。
「へえ〜、そうなのか? けど、お前らなんか仲良さげだったらしいじゃん」
「……普通に話してただけだろ」
「それが普通じゃないんだって」
「は?」
「だって、橘ってあんまり誰かと一緒に登校するイメージなくね?」
(……確かに)
由愛はクールに見られることが多く、普段から特定の誰かとつるむことは少ない。
だからこそ、今日の朝の出来事が目立ったのかもしれない。
「お前、橘とどういう関係なんだ?」
「……ただのクラスメイト」
「ふーん?」
健太は明らかに納得していない表情だったが、それ以上は追及してこなかった。
しかし、周囲からもちらほら視線を感じる。
(……マジかよ)
たった一回、たまたま一緒に登校しただけでこんなに噂になるとは。
陽翔はため息をつきながら、自分の席に向かった。
そして、そこで待っていたのは——由愛だった。
「おはよう、藤崎くん」
「お、おう……」
(……なんか、意識しちまうな)
さっきまで何ともなかったのに、クラスの視線を感じるせいで妙に落ち着かない。
由愛はそんな陽翔の様子に気づいたのか、不思議そうに首を傾げた。
「どうかした?」
「いや、別に」
「……?」
由愛は怪訝そうな顔をしながらも、それ以上は何も聞いてこなかった。
その後、授業が始まったが——陽翔はずっと意識してしまっていた。
由愛の存在を。
周囲の視線を。
そして——自分の気持ちを。
——たった一つの噂で、関係が変わることがある。
もしかすると、これはその始まりなのかもしれない。




