26.特別な存在
26.特別な存在
夜の街を歩くうちに、駅が見えてきた。
「じゃあ、ここで」
由愛が足を止める。
「おう、気をつけて帰れよ」
陽翔がそう言うと、由愛は小さく笑った。
「……うん、藤崎くんもね」
少しの沈黙。
別れ際のこの空気が、なぜか妙に落ち着かない。
由愛は駅の改札へ向かおうとした——が、ふと足を止め、振り返った。
「ねえ、藤崎くん」
「ん?」
「今日は……ありがとう」
「え? 何が?」
「なんとなく、気持ちが楽になったから」
そう言って微笑む由愛の顔は、どこか柔らかかった。
「……そっか」
「じゃあ、おやすみ」
「おう」
由愛が改札をくぐるのを見届け、陽翔はようやく息をついた。
(……なんだ、この感じ)
さっきからずっと、心臓のあたりが落ち着かない。
ただのクラスメイトだと思っていた。
それなのに、由愛の言葉や表情が、妙に頭に残る。
(俺、こいつのこと……)
考えかけた瞬間、スマホの通知音が鳴った。
画面を見ると、由愛からのメッセージ。
『また明日ね』
それだけの短い言葉。
でも、なぜか無性に嬉しかった。
陽翔はスマホを握りしめ、空を見上げる。
夜空には、淡く月が光っていた。
(……やっぱり、俺)
——もう、特別な存在になり始めてるんだろうな。




