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あおはる  作者: 米糠


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青嶺大学編・ 第70話 クローバー新入生交流イベント 

 青嶺大学編・ 第70話 クローバー新入生交流イベント 



 土曜の午後。学生会館の多目的ホールには、柔らかな春の日差しが窓から差し込み、クローバーの新入生歓迎イベントは和やかに、しかし活気に満ちた雰囲気で進んでいた。


 天井から吊るされたカラフルなガーランドと、子ども向けのワークショップを模したブース。あちこちから、笑い声や驚きの声が飛び交う。


「わー!  これ、紙コップでタワー作るの、意外と難しい!」


 陽真がひょいと背伸びしながら、バランスを崩しそうな紙コップのタワーを支えている。ピンクと白の紙コップが不安定に揺れながらも、彼の手の中でなんとか形を保っていた。


「ほら陽真くん、慎重に……!  あ、倒れちゃう!」


 隣で見守っていた一年の男子学生が思わず声をあげると、陽真は「セーフ!   ギリギリセーフっす!」と笑いながら親指を立てた。周囲からも拍手と笑いが起きる。


 一方その頃、部屋の反対側のクラフトコーナーでは、悠里が新入生の女の子と向かい合って、丁寧に折り紙を広げていた。


「えっとね、これは“しあわせの鳥”っていうんだよ。ほら、羽をこう折って……ここでくちばし」


「わぁ、かわいい……!  悠里ちゃん、教え方上手ですね」


「ううん、そんなことないよ。でも、こうやって一緒に手を動かしてると……なんか、心が落ち着く感じ、するよね」


 柔らかな口調に、相手の新入生も自然と微笑み返していた。


 少し離れた場所で、由愛と陽翔はそれぞれのグループを見回しながら、会場の様子を見守っていた。由愛はペンとメモ帳を片手に、進行のタイムチェックをしていたが、ふと目を上げて陽翔に声をかけた。


「みんな、いい表情してるね。こういう時間って、大事だなって思う」


「うん。子どもに教えるっていうより、一緒に感じて、一緒に動くってことなんだよな。……教えるって、やっぱり“対話”なんだよな」


「そうだね。答えを与えるんじゃなくて、向き合うってこと。クローバーって、やっぱりそういう場だよね」


 ふたりの言葉には、大学に入ってからの一年間が静かに反映されていた。受け取ってきたものを、今度は誰かに返していく時期。そんな感覚が、自然と胸に宿っていた。


 その頃、紙コップの片付けを終えた陽真は、少し汗をぬぐいながら悠里のもとに歩いていった。彼女がふとこちらを向いた瞬間、陽真は少し照れたように、けれど真っ直ぐな声で話しかける。


「園田さん、今日……いつもより笑ってるなって思いました」


「えっ……そう、かな?」


 悠里は、思わず手元の折り紙に目を落とす。自覚のなかった言葉に、ほんのり耳が赤くなっていた。


「はい。なんか、ちょっと嬉しかったです。園田さん、いつも少し遠くにいる感じするから……今日みたいに一緒に活動できて、よかったなって」


 陽真の率直な言葉に、悠里は一瞬言葉に詰まったあと、小さく微笑んだ。


「……ありがとう。私もね、ちょっと“やってみたい”って思えるようになってきたところ、かも。こうして、人と関わること……まだ少し怖いけど、前よりずっと」


「じゃあ……また一緒にやりましょう。来週も、子ども向けの企画ありますし!」


「うん、よろしくね」


 ふたりの笑顔の中に、まだ始まったばかりの物語の芽吹きが、そっと息づいていた。




 日が落ちかけ、学内は夕暮れ色に染まり始めていた。クローバーのイベントが無事終わり、片付けを終えたメンバーたちは、思い思いに会話を交わしながら校舎前に集まっていた。


 その中で、陽翔と陽真は機材の運搬を終えて、一息ついたところだった。


「ふぅ……意外と、折り紙コーナーの机って重かったっすね」


「でも、率先して動いてくれて助かったよ。陽真、ありがとな」


「えへへ……いえ、あの、楽しかったんで」


 陽真は照れたように笑いながらも、どこか嬉しそうに地面をつま先で蹴った。


「……自分、正直こういうサークル活動って緊張してたんすよ。先輩たちみたいに、しっかりしてないし、まだ上手く話せる自信もなくて」


「うん。でも、今日の陽真、すごく“いい顔”してたぞ」


 陽翔はその目をまっすぐに向けた。


「言葉がうまく出なくても、思いがちゃんとあるってわかる。動いてくれる、その姿勢が何より大事なんだよ。……最初の自分もそうだったしな」


「……先輩も?」


「うん。何していいか分かんなくて、先輩たちの背中を見ながら一つひとつ、やっと覚えてきたところだよ。だから陽真もさ、焦んなくていい。“やりたい”って気持ちがあれば、ちゃんと伝わるよ」


 その言葉に、陽真の胸の奥にあたたかな火が灯るような感覚が広がっていく。


「……がんばります、先輩。いつか、自分も……誰かにそう言ってもらえるような人になりたいっす」


「なれるさ。俺が保証する」


 夕暮れの風が、ふたりの間をやわらかく通り抜けた。



 春の風が頬に心地よく触れる夜道。イベント帰り、駅へと向かう緩やかな坂道を、由愛と悠里が並んで歩いていた。


「……今日は、すごく良かったね。悠里ちゃんも、最初より表情がやわらかくなってたよ」


 由愛の言葉に、悠里は小さく笑ってうつむく。


「……ありがとう。でも、まだ自信はなくて。折り紙教えるのも、何度か折り直しちゃったし……子ども相手だったら、もっと緊張しちゃうかもって思った」


「うん、私も最初そうだったよ。どう話しかけていいか分かんなかったし、手が震えたこともあった」


「由愛先輩でも、そんなこと……?」


「うん。でも、ね。ひとりの子が“ありがとう”って言ってくれたとき、不思議と“またやりたい”って思えたの。今日の悠里ちゃんも、そうだったんじゃない?」


 悠里はふと足を止め、夜空を見上げた。


「……たしかに、“またやってみたい”って、今は思ってる。ちょっとだけ、“なりたい自分”の輪郭が見えた気がして」


「その気持ち、すごく大事にして。迷ってもいいし、止まってもいい。けど、願いはずっと持っててほしいな。だってそれが、未来を作る“種”になるから」


 由愛の言葉は、静かに、でもまっすぐに悠里の胸に響いた。


「……ありがとう。由愛先輩に話せてよかった」


「うん。また、ゆっくり話そうね。今度はお茶でもしながら」


 夜道を照らす街灯の下、ふたりの影が並んでゆっくりと伸びていた。




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