23.姉との距離
23.姉との距離
「……姉、なんだ」
由愛の表情をうかがいながら、陽翔は静かに言った。
「うん」
由愛は短く答えると、ふっと目をそらす。
まるで、あまり話したくない、と言わんばかりに。
「……仲、悪いのか?」
「……そういうわけじゃないよ。ただ……」
由愛は言葉を選ぶように少し沈黙し、やがて静かに続けた。
「……お姉ちゃんは、昔から完璧だったんだ」
「完璧?」
「成績も優秀で、スポーツもできて、顔も綺麗で、誰からも好かれる。ずっと、私の憧れだった」
由愛の言葉には、どこか懐かしむような響きがあった。
「でもね……私は、お姉ちゃんみたいにはなれなかった」
「……」
「比べられるのが嫌だったの。『美咲さんの妹だから』って言われるのが……」
「……そっか」
なんとなく、由愛の気持ちがわかる気がした。
ずっと誰かと比べられることの苦しさ。
どれだけ頑張っても、「○○の妹」としてしか見られないことの悔しさ。
「だから、姉ちゃんを避けてるのか?」
「……ううん」
由愛は首を振る。
「私は、お姉ちゃんが嫌いなわけじゃないよ。むしろ、今でも尊敬してる。でも……」
そこで、ふっと笑った。
「……お姉ちゃんは、いつも私のことを『守るべき存在』だって思ってる」
「……守るべき?」
「そう。私は、ただの妹じゃなくて、”守るべき妹”」
「……」
「だから、私が何をしようとしても、お姉ちゃんは先回りして『それはやめたほうがいい』『私が代わりにやるから』って言うんだ」
由愛の言葉には、苦笑が混じっていた。
「悪気がないのはわかってる。でも、それが……なんか、ずっと苦しかった」
「……そっか」
由愛が避けた理由が、少しだけわかった気がした。
完璧な姉。
優しすぎる姉。
そして、それに縛られ続けた妹。
「……なんか、ごめんね。つまんない話しちゃった」
由愛はふっと笑い、陽翔の顔を覗き込んだ。
「バカ、つまんなくねぇよ」
思わず口をついた言葉に、由愛は少し驚いたように目を見開いた。
「……藤崎くん」
「お前のこと、もっと知りたいって思ってたしな」
そう言った自分に、少し驚く。
でも、それが本心だった。
由愛は、驚いたままじっと陽翔を見つめたあと、ふっと微笑んだ。
「……そっか。じゃあ、これからもいろいろ話してあげる」
「おう」
——由愛の「過去」の一部を知った。
でも、きっとまだ全部じゃない。
それを知るのは、これから少しずつ、だ。




