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あおはる  作者: 米糠


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青嶺大学編・第65話 ふりかえり会と文芸部テーマへの創作

青嶺大学編・第65話 ふりかえり会と文芸部テーマへの創作



 駅前のカフェで、ふたりは暖かなスイーツを前にして、ほっとひと息ついていた。ふわふわのパンケーキから立ちのぼる湯気に、試験の緊張感がようやく溶けていくようだった。


 「……やっぱり甘いものって、心に効くね」

 由愛がスプーンを口元に運びながら微笑むと、陽翔もココアをすする手を止めて、頷いた。


 「うん。頑張った後のごほうび、って感じがする」


 静かに流れる店内のBGM、窓の外を行き交う人々の冬の装い、そして目の前にいる彼女の笑顔——。どれもが穏やかで、ここにしかない時間の流れを感じさせた。


 ふと、由愛がバッグの中から1枚のプリントを取り出す。


 「これ、クローバーの“ふりかえり会”の案内。来週、いつもの多目的室でやるんだって」


 「もうそんな時期か……一年、あっという間だったな」

 陽翔は受け取ったプリントに目を通しながら呟いた。


 ボランティアで訪れた施設、地域の子どもたちと過ごした時間、学園祭でのワークショップ企画。どれも思い返せば、初めてのことばかりで、不安と緊張が入り混じった記憶だ。


 「……でも、いろいろあったけど、なんだかんだ全部、思い出深いよね」

 由愛の声には、少しだけしみじみとした響きが混じっていた。


 「うん。特に……クリスマスのあの日とか」

 陽翔がそっと目を細めると、由愛も恥ずかしそうに目を伏せながら、ゆっくり頷いた。


 「なんだか、あのときから、自分の中の“記憶”の感じ方が少し変わった気がする」


 その言葉に、陽翔はふと、サークルの掲示板で見かけた案内を思い出した。


 「そういえば、文芸の次のテーマ、“感情と記憶”だったよな」


 「うん。最初見たときは、難しそうって思ったけど……今は、ちょっと書いてみたいかも。自分の中に残ってる記憶を、ちゃんと形にしてみたいなって」


 由愛はそう言って、スプーンの先を見つめた。陽翔もまた、胸の奥に浮かんだ想いを手の中のマグカップに映していた。


 「……俺も、書いてみようかな。由愛と一緒にいた時間の中で、忘れたくないこと、たくさんあるから」


 どちらからともなく、ふたりの視線がふっと重なった。


 言葉にしきれない感情と、心の奥に積もっていく記憶。それを文字にすることで、もっと深く相手を知れるかもしれない——そんな予感が、静かに心を満たしていった。


 外に出ると、空にはひときわ冴えた冬の星が瞬いていた。吐く息が白く夜気に溶け、ふたりは手をつないだまま、また一歩、春へと近づく足音を重ねていった。




 ふりかえり会の日、キャンパス内の多目的室は、まだ冬の冷たさを残した朝の光に照らされていた。窓のカーテンが半分開けられ、差し込む日差しがホワイトボードや長机に柔らかく影を落としている。


 「おはよー! あ、陽翔くんたち来たー!」


 真っ先に声を上げたのは佐倉知花。チェック柄のブランケットを肩にかけながら、大きく手を振っている。近くには悠斗や笑花、他のクラブメンバーの姿もあった。和やかな空気の中に、どこか名残惜しさをはらんだ雰囲気が漂っていた。


 テーブルの上には、活動中に撮った写真や配布された資料の束、手書きの感想メモが広げられている。


 「こうして集まるのも、今年度はこれが最後かもって思うと……ちょっと寂しいね」


 由愛の言葉に、陽翔は小さく頷く。


 「うん。でも、ちゃんとふりかえれるって、いいことだよな。思い出になるし、次に繋がる気がする」


 会の中盤では、一人ひとりが印象に残った出来事を語り合い、それぞれの「成長」や「気づき」に触れていった。


 由愛は、春先の保育園訪問で、緊張しながらも子どもたちと打ち解けていった日々を語った。陽翔は、夏に行われた読み聞かせイベントでの「言葉の力」を実感した瞬間について、少し照れながらも素直に話した。


 「なんか……あの頃の自分に、“ちゃんとやってたよ”って伝えたくなるよね」


 由愛の言葉は、静かに皆の胸に染み入った。


 その帰り道、由愛はふと鞄から、小さな文庫サイズのノートを取り出した。


 「ねえ、これ。次の文芸のテーマ、“感情と記憶”に向けて書き始めたやつ」


 「もう書き始めてたんだ?」


 「うん……まだ書き出しだけだけど、ふりかえり会の中で思い出したことがあって。春、子どもたちの前で緊張して手が震えてた自分とか、それを陽翔くんがさりげなくフォローしてくれたこととか……そういうの、ちゃんと形にしておきたいなって思ったの」


 陽翔はそのノートの表紙に指をそっと触れた。


 「俺も、あの日のこと、すごく覚えてる。……由愛が頑張ってるの、ちゃんと見てたから」


 その夜、ふたりはそれぞれの机に向かって、ペンを取った。


 陽翔は、祖母との思い出の中で初めて「書くこと」に救われた記憶を思い出しながら、心の奥に残る言葉を探した。

 一方、由愛は、「誰かと過ごす時間の中で、自分が変わっていく」ことを静かにすくい取るように、文字を重ねていった。


 数日後、文芸サークルの活動日。読み合わせ会の準備として、希望者の作品が回し読みされていた。


 「これ、由愛ちゃんのだよね。すごく素直で、優しい文章……心があったかくなった」


 先輩の言葉に、由愛は少しだけ頬を赤らめて、うつむいた。


 「……ありがとう。でも、これはひとりじゃ書けなかった。見てきた景色とか、もらった言葉とか、全部があって……初めて“自分の記憶”になるんだなって思ったの」


 陽翔もまた、自作が読み終えられるのを見届けながら、由愛の言葉を噛み締める。


 「感情と記憶」——


 そのテーマは、過去の自分たちと向き合うきっかけになり、今のふたりの関係をあらためて見つめる光になった。創作は、どこかで「誰か」と繋がっている。そう実感できる読み合わせ会だった。


  作品の読み合わせ会が終わった後、陽翔と由愛はキャンパスの脇道を並んで歩いていた。夕暮れの光はすでに傾きかけていて、建物の陰が長く地面にのびている。冬の空気はまだ冷たいけれど、どこか春の気配が混じりはじめていた。


 読み合わせが終わった直後の静かな余韻が、ふたりの間にもそのまま残っていた。


 「……今日の、すごくよかったよ。由愛の作品」


 陽翔がふと、ポケットに手を入れたまま口を開く。由愛は、少し前を歩いていた足をゆるめ、彼の方に視線を向けた。


 「ほんと? なんか、恥ずかしかったけど……自分でも、書いてよかったなって思えたの。おばあちゃんとの記憶、誰かに届いたらって」


 そう言って微笑んだ由愛の声には、書き終えたことで得た静かな達成感がにじんでいた。


 「ちゃんと、届いてたよ。俺……途中、ちょっと泣きそうになった」


 「え……ほんとに?」


 驚いたような表情を浮かべた由愛の頬が、次の瞬間ふわりと紅く染まった。


 「……嬉しい。書いてて、自分でもいろんな気持ちが蘇ってきたんだ。昔のことだけど、あのときの温度とか、匂いとか、まだちゃんと覚えてるなって」


 ふたりは歩きながら、しばらく言葉を交わさずにいた。けれどその沈黙は、居心地の悪いものではなく、互いの心にじんわりと染み込んだ作品の余韻が、静かに流れている時間だった。


 「俺も……書いてよかったって思えたよ。思い出すの、ちょっと怖かったけど。由愛とのこと、高校の時のこと、ちゃんと向き合えて……それを言葉にできたから」


 陽翔の声は少しだけ震えていた。由愛はそっと彼の手を取った。その手は、少し冷えていたけれど、確かに力がこもっていた。


 「うん……読んで、私も同じ気持ちになった。陽翔がいてくれて、こうして一緒に作品を作って、伝えあえてることが、すごく尊くて、幸せだなって思ったよ」


 ふたりの手がつながる。その温もりは、確かに今、過去から続く記憶と感情を未来へとつないでいた。


 その夜。由愛は自分の部屋で、一通のメッセージを打った。


 >【件名:ありがとう】

 > 今日の読み合わせ、本当にお疲れさま。

 > 陽翔の言葉に、いっぱい元気もらいました。

 > 春休み、ちょっとだけ旅に出ない? ふたりで。

 > 昔のことも、今のことも、ゆっくり話しながら――


 送信ボタンを押すと、彼女は深く息を吐いた。思いがけず胸がどきどきしているのは、たぶん作品のせいだけじゃない。


 数分後、スマホが鳴る。


 >【件名:いいね】

 > 行こう、旅。

 > 今度は、書くためじゃなくて、生きるための記憶を作る旅にしよう。


 読み終えた瞬間、由愛は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。



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