青嶺大学編・第54話 クローバー「クリスマス訪問」
青嶺大学編・第54話 クローバー「クリスマス訪問」
吐く息が白く立ちのぼる午後。陽翔と由愛たちクローバーメンバーは、町の福祉施設の玄関前で、赤と緑のエプロンに身を包んで集合していた。
「よろしくお願いします!」
扉の向こうから出てきた施設職員にぺこりと頭を下げると、子どもたちの笑い声が微かに漏れてくる。
館内に入ると、暖房のぬくもりとともに、壁や天井に吊された折り紙の雪の結晶が目に入った。中には子どもたちの手形で作られたサンタの飾りもあり、どこか手作りの温もりに満ちている。
由愛は少し緊張しながらも、笑顔で小さなプレゼント袋を抱えていた。
(ちゃんと、喜んでもらえるかな)
一週間前から陽翔と夜遅くまで準備した、絵本の読み聞かせと手作りのミニ紙芝居。いつもより気合いが入っていたのは、子どもたちのためはもちろん、もう一度、陽翔と“並んで何かを作る時間”を重ねたいという気持ちもあったからだった。
陽翔はそんな由愛の横顔をちらりと見ながら、少しだけ口元をほころばせる。
「大丈夫。いつもの由愛でいれば、きっと伝わるよ」
由愛はふっと笑って頷いた。陽翔の声の温度は、昔と変わらない。でも今は、もっと深く、自分の中にしみ込むようだった。
プログラムが始まると、子どもたちはわくわくした表情で椅子に座り、由愛が読み始めた絵本にぐっと視線を向けた。柔らかな声、ページをめくる音、背後で陽翔が小さな音楽を流してくれる。
――「サンタさんは、どんなときも、誰かの笑顔を探して旅をするんだって」
絵本の一節が、どこか自分たちにも重なる気がして、由愛は読みながら少しだけ胸が熱くなった。
子どもたちの拍手と「ありがとう!」の声に包まれて、ふたりは控室に戻った。
「……うまくいった、よね?」
「うん。すごくよかった。俺、見てて嬉しかった」
陽翔はそう言ってから、少し照れたように目をそらした。
由愛も黙って笑う。でもその沈黙は、居心地がいいものだった。
しばらくして、陽翔がそっと口を開いた。
「ねえ、由愛」
「ん?」
「この前のリース……まだ部屋に飾ってる。あれ見るたびに思うんだ。――俺たち、またちゃんと、並んで歩いてるなって」
由愛は思わず顔を上げ、陽翔を見た。その目は真っ直ぐで、どこか懐かしい優しさがあった。
「……私も、そう思ってた」
夕暮れが始まった窓の外では、街のイルミネーションがぽつりぽつりと灯り始めていた。どこか遠くでクリスマスソングが流れ、それがまるでふたりの心の距離をそっと縮めていくようだった。
そっと肩が触れ合う距離に、ふたりは静かに座っていた。
言葉のいらない時間。だけど、きっと、これまで以上にたしかな時間。
由愛は膝の上に置いた手を、ふとぎゅっと握りしめた。
(……いまなら、伝えられるかもしれない)
陽翔の横顔をそっと見つめる。その目には、柔らかな光が宿っていた。あのすれ違いの時期、遠くに感じていた彼の表情が、今はすぐそばにある。
鼓動が少し早くなる。けれど、言葉にしなきゃ届かないことがある。
「ねぇ、陽翔…」
「ん?」
声をかけると、彼はゆっくりと顔をこちらに向けた。静かな視線が、優しく彼女を包みこむ。
「……今日さ、このまま、うちに来ない?」
少しの沈黙。けれどそれは、気まずい間ではなく、言葉を確かめ合うための間。
由愛はすぐに視線を逸らし、言葉を継いだ。
「その……特別なことをしたいわけじゃなくて。クリスマスだし、一緒にごはん食べたり、ゆっくり話したり、したいなって……。なんだか、今年はいろいろあったから……」
陽翔はふっと笑った。いつもの、少し照れたような、それでも真っ直ぐな笑み。
「うん。行きたい。由愛の隣にいたい」
その言葉に、由愛の頬が静かに熱を帯びる。
街のイルミネーションがさらに華やかさを増し、ビルの谷間からクリスマスソングが優しく響いてきた。
ふたりは立ち上がり、並んで歩き出す。手をつなぐわけでもなく、けれど自然に歩幅が揃っていた。
これから向かうのは、ほんの少しだけ特別な夜。
由愛の胸の奥に、まだ名前のつかない温かな感情がゆっくりと広がっていた。
(この夜を、一緒に過ごしたいって思えるのが、陽翔でよかった)
夜空には、星がひとつ、そっと瞬いていた。




