表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおはる  作者: 米糠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

224/250

青嶺大学編・第54話 クローバー「クリスマス訪問」

 青嶺大学編・第54話  クローバー「クリスマス訪問」



 吐く息が白く立ちのぼる午後。陽翔と由愛たちクローバーメンバーは、町の福祉施設の玄関前で、赤と緑のエプロンに身を包んで集合していた。


「よろしくお願いします!」

 扉の向こうから出てきた施設職員にぺこりと頭を下げると、子どもたちの笑い声が微かに漏れてくる。


 館内に入ると、暖房のぬくもりとともに、壁や天井に吊された折り紙の雪の結晶が目に入った。中には子どもたちの手形で作られたサンタの飾りもあり、どこか手作りの温もりに満ちている。


 由愛は少し緊張しながらも、笑顔で小さなプレゼント袋を抱えていた。


(ちゃんと、喜んでもらえるかな)


 一週間前から陽翔と夜遅くまで準備した、絵本の読み聞かせと手作りのミニ紙芝居。いつもより気合いが入っていたのは、子どもたちのためはもちろん、もう一度、陽翔と“並んで何かを作る時間”を重ねたいという気持ちもあったからだった。


 陽翔はそんな由愛の横顔をちらりと見ながら、少しだけ口元をほころばせる。


「大丈夫。いつもの由愛でいれば、きっと伝わるよ」


 由愛はふっと笑って頷いた。陽翔の声の温度は、昔と変わらない。でも今は、もっと深く、自分の中にしみ込むようだった。


 プログラムが始まると、子どもたちはわくわくした表情で椅子に座り、由愛が読み始めた絵本にぐっと視線を向けた。柔らかな声、ページをめくる音、背後で陽翔が小さな音楽を流してくれる。


 ――「サンタさんは、どんなときも、誰かの笑顔を探して旅をするんだって」


 絵本の一節が、どこか自分たちにも重なる気がして、由愛は読みながら少しだけ胸が熱くなった。


 子どもたちの拍手と「ありがとう!」の声に包まれて、ふたりは控室に戻った。


「……うまくいった、よね?」


「うん。すごくよかった。俺、見てて嬉しかった」


 陽翔はそう言ってから、少し照れたように目をそらした。


 由愛も黙って笑う。でもその沈黙は、居心地がいいものだった。


 しばらくして、陽翔がそっと口を開いた。


「ねえ、由愛」


「ん?」


「この前のリース……まだ部屋に飾ってる。あれ見るたびに思うんだ。――俺たち、またちゃんと、並んで歩いてるなって」


 由愛は思わず顔を上げ、陽翔を見た。その目は真っ直ぐで、どこか懐かしい優しさがあった。


「……私も、そう思ってた」


 夕暮れが始まった窓の外では、街のイルミネーションがぽつりぽつりと灯り始めていた。どこか遠くでクリスマスソングが流れ、それがまるでふたりの心の距離をそっと縮めていくようだった。



 そっと肩が触れ合う距離に、ふたりは静かに座っていた。


 言葉のいらない時間。だけど、きっと、これまで以上にたしかな時間。


 由愛は膝の上に置いた手を、ふとぎゅっと握りしめた。


(……いまなら、伝えられるかもしれない)


 陽翔の横顔をそっと見つめる。その目には、柔らかな光が宿っていた。あのすれ違いの時期、遠くに感じていた彼の表情が、今はすぐそばにある。


 鼓動が少し早くなる。けれど、言葉にしなきゃ届かないことがある。


「ねぇ、陽翔…」


「ん?」


 声をかけると、彼はゆっくりと顔をこちらに向けた。静かな視線が、優しく彼女を包みこむ。


「……今日さ、このまま、うちに来ない?」


 少しの沈黙。けれどそれは、気まずい間ではなく、言葉を確かめ合うための間。


 由愛はすぐに視線を逸らし、言葉を継いだ。


「その……特別なことをしたいわけじゃなくて。クリスマスだし、一緒にごはん食べたり、ゆっくり話したり、したいなって……。なんだか、今年はいろいろあったから……」


 陽翔はふっと笑った。いつもの、少し照れたような、それでも真っ直ぐな笑み。


「うん。行きたい。由愛の隣にいたい」


 その言葉に、由愛の頬が静かに熱を帯びる。


 街のイルミネーションがさらに華やかさを増し、ビルの谷間からクリスマスソングが優しく響いてきた。


 ふたりは立ち上がり、並んで歩き出す。手をつなぐわけでもなく、けれど自然に歩幅が揃っていた。


 これから向かうのは、ほんの少しだけ特別な夜。


 由愛の胸の奥に、まだ名前のつかない温かな感情がゆっくりと広がっていた。


(この夜を、一緒に過ごしたいって思えるのが、陽翔でよかった)


 夜空には、星がひとつ、そっと瞬いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ