表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおはる  作者: 米糠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

223/250

青嶺大学編・第53話 青嶺子どもフェスタ

 青嶺大学編・第53話 青嶺子どもフェスタ



 放課後の教育学部棟。窓の外では、夕暮れが校舎を橙色に染め始めていた。


 廊下の一室――いつものクローバーの活動部屋では、来週に迫った「青嶺子どもフェスタ」に向けて、にぎやかな準備が進められていた。


 壁には手作りのポスターやイラストが貼られ、テーブルの上には画用紙や絵の具、折り紙が散らばっている。子どもたちが遊べるゲームブースや読み聞かせコーナー、工作体験など、出し物は盛りだくさんだ。


「じゃあ、“木の実でつくるミニリース”は、陽翔くんと由愛ちゃんペアでお願いできる?」


 宮田先輩がそう言って笑顔を向けると、由愛と陽翔は顔を見合わせ、ふっと笑った。


「はい、頑張ります」


 由愛が返事をし、陽翔も小さく頷く。


 ふたりでひとつの段ボール箱を開けると、色とりどりの木の実や小枝、リボンや小さな飾りがぎっしりと詰まっていた。


「これ……意外とかわいいね」


 由愛が指で木の実を転がしながら微笑む。


「子どもたち、喜んでくれるといいな」


 陽翔は、由愛の横顔を少しだけ見つめた。真剣に素材を選ぶその表情に、やわらかな優しさが滲んでいる。


 ――この数週間で、由愛は少し変わった気がする。


 弱音を吐くことを恐れず、ちゃんと“今”の気持ちを言葉にするようになった。


 そして何より、ふたりのあいだの距離が――また、自然と近くなっている。


「ねえ、これ、ちょっと見て。ほら、小さなドングリをこの布で包んだら、帽子みたいになるよ」


 由愛がふわりと笑いながら差し出した小さな作品。陽翔はそれを受け取りながら、思わずふっと笑った。


「なんか、由愛っぽいな、こういうの。優しくて、ちょっと不器用だけど一生懸命で」


「……それ、褒めてる?」


「もちろん」


 くすっと笑いあったその瞬間、夕陽が窓から差し込み、ふたりの手元を暖かく照らした。


 騒がしい準備室の中、ふたりの周囲だけがほんのりと静かに感じられる。


(この時間が、ずっと続けばいいのに)


 そんなふうに思ったのは、陽翔だけではなかった。


 ――けれど、その静けさを、ひとつの声が破った。


「陽翔くん、こっちの段取りも見てくれない?  ちょっと手が足りなくて」


 振り返ると、そこには瑠海の姿があった。


「あ……うん、わかった。ちょっと行ってくるね」


「うん、大丈夫」


 由愛は微笑んで見送ったけれど、その胸の奥にかすかな揺れが波紋のように広がっていた。


 陽翔が瑠海と並んで話しながら作業を始める姿を、少し離れた場所から見つめる。――その背中が、急に遠くなった気がした。


(……ちゃんと信じてる。信じてるけど、でも)


 自分でもまだ整理しきれていない“揺れ”が、確かに心の中に残っていた。


 けれど、視線を戻した先には、小さなドングリのリースがあった。ふたりで作り始めた、小さな“かたち”。


 由愛はそれをそっと手に取り、深く息を吐いた。


(きっと、大丈夫。ちゃんと話せば、伝わる)


 明るく笑う子どもたちの姿を思い浮かべながら、また手を動かし始める。


 そのリースには、まだ途中の飾りがいくつも残っていた。

 だけど、仕上げるのは――これからだ。




 秋晴れの空の下、「青嶺子どもフェスタ」の会場は、朝から明るいざわめきに包まれていた。


 大学の中庭と学生ホールを使って開催されたこのイベントには、地域の親子連れが大勢訪れていた。赤や黄に色づいた木々の下、子どもたちの笑い声が風に乗って響く。


「わあ、すごい!  にぎやかだね」


 由愛は、クローバーのスタッフ用エプロンをつけながら、少し緊張した面持ちで中庭を見渡した。


「うん。思った以上の人出だね。……がんばろっか」


 陽翔が隣で微笑み、彼女にだけ聞こえる声で言う。由愛はその声に肩の力がふっと抜けるのを感じた。


 ふたりが担当するのは「木の実でつくるミニリース」ブース。秋の実や葉を使って、子どもたちが自由に飾りつけできる工作コーナーだ。


 テーブルにはすでに数人の子どもたちが集まり、小さな手でどんぐりやリボンを一つひとつ選んでいた。


「ここにリボンを巻いてみる? そうそう、上手だね」


 由愛はしゃがんで目線を合わせ、丁寧に声をかける。子どもがにっこりと笑い、隣で見ていた母親も微笑む。


「……うまくやってるな」


 陽翔は少し離れた場所で材料の補充をしながら、その様子を見ていた。


 以前の由愛だったら、人前でこんなふうに振る舞うのは緊張で固まっていたはず。けれど今は、自然に、まるで水に手を差し出すように子どもたちと関わっている。


(ちゃんと、変わってきてるんだ)


 陽翔はそんな由愛の横顔を見つめながら、少しだけ胸が熱くなるのを感じた。


 昼を過ぎ、少しブースが落ち着いた頃。陽翔と由愛はテントの裏手にまわり、ひと息つく。


「ねえ、さっきの子、すごく嬉しそうだったね」


 由愛が言うと、陽翔は頷いた。


「あの子、完成したリースをお母さんに見せるとき、すごい得意げだった」


 ふたりは並んで腰を下ろし、手元の紙コップに入ったホットココアを啜る。


 周囲はまだ人でにぎわっていたけれど、この場所だけは、少しだけ音が遠かった。


「……今日は、陽翔と一緒で、よかった」


 由愛が小さくそう呟いた。


「うん。俺も」


 短い言葉。でも、それだけで充分だった。


 風が吹き抜け、金木犀の香りがふたりの間を通り過ぎた。


 何かが、確かに戻りつつある。だけど、それは以前とまったく同じではない。少しずつ成長して、変わっていくふたりの“今”だった。


 由愛は陽翔の手元に視線を落とし、そっと笑う。


「ねえ……リース、もう一個だけ、一緒に作ってみない?」


「うん。ふたりで作るやつ、な」


 同じ枝を持ち、同じリボンを巻いていく。作りながら、お互いの温度を感じられる時間。


 小さなリースが、ふたりの手の中で少しずつ形になっていった。


 それは、これからのふたりが歩いていく未来の、ささやかな象徴のようでもあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ