青嶺大学編・第48話 クローバー、子ども「特別授業」
青嶺大学編・第48話 クローバー、子ども「特別授業」
秋晴れの朝。空は澄みわたり、遠くの山の稜線がくっきりと浮かんでいる。
青嶺大学の教育ボランティアサークル「クローバー」のメンバーたちは、市内の小学校に集合していた。今日は子どもたちに向けた「特別授業」の日。学年ごとにテーマが分かれ、クローバーの学生たちが主体となって授業を企画・進行する、年に一度の大きなイベントだ。
昇降口の前で、緊張した様子の陽翔が、自分の荷物をぎゅっと抱えるように持っていた。手の中の進行プリントには何度も目を通したはずなのに、文字がうまく頭に入ってこない。
「大丈夫。ちゃんと準備したじゃん。陽翔くんの説明、昨日のリハでみんな褒めてたよ」
横から声をかけてきたのは由愛だった。今日は、陽翔とは別のクラスを担当する予定だが、出発前にはこうして必ず励まし合っている。
「……うん。ありがと。由愛も、頑張って」
ふと視線を交わすと、微笑み合う。以前のぎこちなさが、少しずつ溶けていることをお互いに感じていた。
やがて校内放送が入り、クローバーのメンバーはそれぞれの担当教室へと向かっていく。
陽翔の担当は、3年生の教室。「ことばで遊ぼう」というテーマで、言葉を使ったクイズや短い朗読劇を子どもたちと一緒に楽しむ内容だ。
教室に入ると、子どもたちが好奇心に満ちた目でこちらを見ていた。その視線に、一瞬だけ足がすくみそうになる。
(……大丈夫。前より、ちゃんと“見える”)
陽翔は、春の実習補助で戸惑った自分を思い出していた。あのときは、子どもの目を見るのが怖かった。でも今日は違う。小さな一人ひとりの表情が、期待と興味で輝いて見えた。
「みんな、おはようございます! 今日は一緒に“ことば”で遊びましょう!」
声が、自然に出る。子どもたちの「おはようございます!」が返ってきた瞬間、陽翔の胸に小さな確信が芽生えた。
途中、ちょっとしたトラブルもあった。クイズのルールがうまく伝わらなかったり、ひとりの子が途中で飽きてしまったり。でも陽翔は焦らず、一人ひとりの目線までしゃがみこんで話しかけたり、テンポを変えたりして、工夫を重ねていた。
授業が終わるころには、子どもたちは皆、笑顔になっていた。
「お兄さん、また来てくれる?」
「今度はなぞなぞもっとやりたい!」
そんな声が飛び交う中、陽翔は一歩、静かに教室の外に出た。そして、空を見上げた。
(……まだまだ未熟だけど。それでも、逃げずに向き合ってよかった)
⸻
一方、由愛は1年生の教室で「こころとからだのお話」という活動を担当していた。絵本の読み聞かせから始まり、感じたことを色で表す「こころの色ぬり」ワークショップ。
最初は緊張していた子たちも、由愛のやさしい声と笑顔に引かれて、次第に思い思いの色を紙にのせていく。
「この青は、さびしかったとき」
「赤は、おこってるとき!」
子どもたちの素直な表現に、由愛の胸がじんと熱くなる。
(子どもって、すごいな……ちゃんと感じて、言葉にできる)
活動の最後に、ひとりの女の子が由愛の手をぎゅっと握った。
「おねえさん、だいすき」
その言葉に、由愛は思わず目を細めた。こんなふうに、誰かと心でつながれる瞬間がある――だからこの道を選んだのだと、再確認するように。
帰り道。クローバーのメンバーたちは、学校を出たところの坂道で足を止めた。夕方の光が差し込む中、誰ともなく口にする。
「……やっぱ、現場っていいな」
「うん。ちょっと疲れたけど……でも、楽しかった」
陽翔と由愛も、歩幅を合わせてゆっくりと歩く。
「今日の、見たかったな。ことば遊び、うまくいった?」
「うん……まあ、なんとかね。由愛は?」
「うん、わたしも……すごく、幸せだった」
目を見合わせて、ふたりは微笑む。
子どもたちのまなざしを思い出しながら、心に灯った小さな光を、言葉にはせずともふたりは確かに分かち合っていた。




