表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおはる  作者: 米糠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

216/250

青嶺大学編・第46話 近付く距離と手のぬくもり

 青嶺大学編・第46話  近付く距離と手のぬくもり



 10月上旬。秋風が吹きはじめ、金木犀の香りが通学路にやさしく漂う頃。青嶺大学のキャンパスは、青嶺祭に向けて、いつもより少しだけざわめきが増していた。


 芝生広場の周辺には仮設テントが立ち始め、講義の合間にも学生たちの打ち合わせや試作の声が響く。


「ことのは文庫」のサークル部室も、今日はにぎやかだった。


「朗読劇、やっぱり『星を売る少年』にしようって久住先輩が言ってた。陽翔くん、脚本の加筆、お願いできる?」


 柚木理紗がノートを手に、陽翔のもとへ歩み寄る。彼女の声は明るいが、どこか人の心のひだに触れるような柔らかさがある。


「うん、大丈夫。……ちょっと書きたい場面があるんだ」


 陽翔は、そう答えながらも一瞬、由愛のほうに視線をやった。

 彼女は部屋の隅で、配布用冊子のデザインに取り組んでいたが、ふと顔を上げて、軽く微笑んだ。


 “わたし、もう気にしてないよ”――そんな優しい視線だった。


 2人の距離は、まだ完全に元通りではない。けれど、お互いに「戻ろう」としている、その気持ちがきちんと伝わっている日々だった。


 


 10月中旬。クローバー活動日。


 この日は、小学校での特別授業企画の事前打ち合わせ。


 市内の小学校に赴き、現地の先生方と顔を合わせながら進められる企画内容に、陽翔も由愛も自然と表情が引き締まっていた。


「“言葉で伝える”ってテーマ、いいと思う。紙芝居形式で、言葉と表情がどうつながるか、子どもたちに体験してもらえるのもいいし……」


「ね、それ、私も考えてた。陽翔くんの文章、子ども向けに読み聞かせる形にできるんじゃないかなって」


 由愛の言葉に、陽翔は少しだけ目を見開いた。


「俺の……?」


「うん。あの特別号の原稿。すごく、まっすぐで、伝えたいことがあったから。子どもにも届くと思う。……わたし、あの文章、好きだよ」


 言葉の端に、照れたような気配がにじんでいた。


 陽翔は、頷く代わりに小さく息を吸い、ふっと吐き出すように返した。


「ありがとう。……じゃあ、子ども向けの朗読用に、少し直してみる」


 その時、近くで話を聞いていた中原先輩が、にやりと微笑んだ。


「お、いいねぇ。じゃあ、読み聞かせチームは陽翔と由愛に任せちゃおうかな。ふたりの掛け合い、子どもたちにウケそうだし?」


 からかうような調子に、由愛がむっとしつつも、すぐに笑って首をすくめた。


「練習……しっかりしておきますね」


 陽翔も少しだけ顔を赤くしながら、「よろしくお願いします」と頭を下げた。


 


 夕方、学内ホール前のベンチ。


 報告会のチラシを配り終えたあと、ふたりはまた並んで座っていた。

 夕焼けが池の水面を赤く染め、遠くで鳥の声が響く。


 由愛がふと、ぽつりと言った。


「最近……陽翔くんが、ちゃんと笑ってるの、見れてうれしい」


「……俺も、ようやくちゃんと、まわりが見えてきたのかも。由愛が、最初からそばにいてくれたのに、気づくの遅くてごめん」


「もういいよ。……わたしも、ちゃんと向き合うから」


 その言葉に、陽翔は少し迷ったあと、そっと由愛の手に触れた。今度は、彼女も自然に握り返す。


 秋風がふたりのあいだをすり抜けていく。


 これから青嶺祭、子どもたちとの交流、そして先輩たちの実習を見ていく中で、また新たな“未来”が見えてくるだろう。


 けれど今は、この静かな夕暮れに、ふたりの手のぬくもりだけが、確かにそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ