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あおはる  作者: 米糠


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青嶺大学編・第45話 クローバー2学期の活動計画会議

 青嶺大学編・第45話 クローバー2学期の活動計画会議



 学生ホール2階の一室。大きな窓から柔らかく差し込む陽射しが、ホワイトボードの縁を金色に縁取っていた。扇風機がゆっくりと回る音だけが、時折ざわめきを遮る。


「じゃあ、今年の秋の小学校訪問、10月末あたりで調整しようか」


「去年はハロウィンの工作とかやったんだよね」


 円になって並べられたパイプ椅子のひとつに、陽翔は静かに腰を下ろしていた。手元の資料には、活動予定表と予算案。けれど、視線はそこに落ちたまま、なかなか動かなかった。


 由愛は、少し離れた対角線上の席に座っている。彼女の横顔が見えるたび、陽翔の胸の奥に、小さな波が立った。


(最近、ちゃんと目を見て話してない気がする)


 会議は和やかに進んでいる。先輩の宮田さんがリードを取り、佐倉知花が元気に意見を出して、笑花がそれに茶々を入れる。その輪の中に、由愛は自然に溶け込んでいた。


 ――けれど、陽翔にはその輪が、少しだけ遠く感じられた。


 手帳に書いた自分のメモを眺めながら、彼は心の中で言葉を探す。


(こんなふうにしてるのは、俺のせいなんだろうか)


「藤崎くん、どう思う?」


 ふいに、宮田先輩が声をかけた。全員の視線が集まる。少しだけ、息が詰まる感覚。


「……あ、はい。えっと……去年より一日でも多く現場に入れたら、子どもとの関係も深められるかなって、思ってます」


 声が少しだけ震えていたのを、自分でもわかった。


 その隣で――由愛が、ふっとこちらを見た。ほんの一瞬だったけれど、その目に宿った何かが、陽翔の胸を刺した。


 優しさとも、戸惑いともつかない視線。

 きっと、彼女も気づいている。

 この空気、この距離、この沈黙。

 

(俺たち……何を言い損ねてるんだろう)


 会議が終わりに近づき、皆が立ち上がり始めたとき。由愛はほんの数秒、陽翔の方へ歩みかけ――けれど、それをやめた。


 その足を止めた理由を、陽翔は尋ねられなかった。


 代わりに、由愛の背中に向けて小さく手を振った。

 その仕草に、彼女は一拍遅れて、微笑みを返してきた。

 けれどその笑みは、どこか遠慮がちで、どこかぎこちない。



 その後夕陽が差し込むベンチに、陽翔と由愛は並んで座っていた。

 日中の暑さがようやく和らぎ、風はどこか秋の気配を含んでいる。


 芝生の向こうでは、クローバーのメンバーたちが2学期の活動計画を終え、それぞれ帰路につくところだった。小宮が手を振りながら遠くでふざけている声が、かすかに届く。


 けれど、ふたりのあいだには、静けさが流れていた。


 言葉はまだ少しだけ、足りない。

 けれど、そばにいることを選んだこの時間が、何よりも誠実だった。


「……ねぇ」


 由愛が先に口を開いた。

 声は小さかったが、風に溶けず、ちゃんと陽翔に届いた。


「うん?」


 陽翔は横目で由愛を見る。由愛は、前を見たまま、ぽつりと続けた。


「久しぶりに、こうしてる気がする。……こうして、ただ隣にいるだけで、落ち着くのに。どうしてあんなに、すれ違ってたんだろうね」


「……うん。俺も、思ってた」


 陽翔の声は、どこか柔らかかった。


「たぶん……自分のことでいっぱいいっぱいだったんだ。初めての実習補助とか、周りの人のこととか、将来とか。考えれば考えるほど、よくわからなくなって」


「わかるよ。私も、自分のことで精一杯だった。陽翔のこと、ちゃんと見ようとしてなかったかも」


 風が、由愛の髪を揺らす。


 陽翔はふと視線を落とし、由愛の手がベンチの上に置かれていることに気づく。

 無言のまま、自分の手をそっと重ねた。


 由愛が小さく驚いたように目を丸くする。その表情に、陽翔はすこしだけ笑った。


「ちゃんと、話せてよかった」


「うん……私も」


 由愛はそのまま手を握り返す。


 沈黙は、もう気まずさを持っていなかった。

 それは、安心に似た、あたたかい静けさ。


 芝生の上を夕陽が照らし、ベンチの影が長く伸びていく。


 陽翔が空を見上げて、ぽつりと呟いた。


「……また、一緒に頑張ろうね。いろいろあるけど、俺……やっぱり、由愛と一緒に前に進みたいから」


 その言葉に、由愛はすぐに頷くことはなかった。けれど、陽翔の方へ体を向け、小さく微笑んだ。


「……うん。わたしも、そう思ってた」


 ふたりの影が、ゆっくりと重なっていった。


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