表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおはる  作者: 米糠
209/235

青嶺大学編・第39話 交差する視線、触れられない想い

 青嶺大学編・第39話  交差する視線、触れられない想い



 八月最終週。

 蝉の声も心なしか弱くなり始めた頃、青嶺大学の夏を締めくくる恒例のイベント──「学園通り夏祭り」が迫っていた。


 文芸サークルでは模擬店として、自作の短編小説とイラストを組み合わせた「物語小冊子」の販売と展示を行うことになっていた。

 準備期間の部室は、まるで印刷所のように慌ただしい空気に包まれていた。


 その日も、陽翔は早めに来て印刷された冊子のチェックを進めていた。ホチキスの音がリズムよく響く中、ふとドアが開く。


「……お疲れ、陽翔くん」


 由愛だった。

 部屋の奥に目をやると、佐倉悠真の姿もある。どうやらクローバーと文芸の“協力企画”の打ち合わせで一緒に来たらしい。


「やっぱり、ここのフォントもうちょっと読みやすくした方がいいかも」

「うん、それと表紙の色味、少し暗い印象かも……」


 由愛と佐倉が、陽翔の知らない文芸サークルの一部に自然と馴染んでいる。その光景に、陽翔の手元がふと止まった。


(……また、ふたりで話してる)


 別に悪いことじゃない。由愛が佐倉と協力してるのも、ちゃんと意味がある。

 でも、胸の奥に刺さるような感覚が、また、じわじわと広がっていく。


「これ……印刷、手伝おうか?」

 由愛が声をかけてくれる。柔らかな笑顔。

 でも、その視線の奥にある感情が、どこか遠いもののように感じてしまった。


「……ううん、大丈夫。もうすぐ終わるから」


 そう返した陽翔の声は、自分でも少し冷たく響いたように思った。

 由愛は少しだけ目を伏せて、何も言わずにその場を離れた。


 ──それを、佐倉がさりげなく見ていた。


 

 夏祭り当日。


 学園通りには無数の提灯が灯され、浴衣姿の学生たちが行き交っていた。

 文芸サークルのテントも賑わいを見せていたが、その中心に由愛と佐倉の姿が並ぶのを、陽翔は遠巻きに見つめていた。


「この話、すごく刺さったって子どもが言ってたよ。由愛ちゃんの作品」

「……うん。あれは陽翔くんの影響もあって書けたの。子どもと向き合うことって、すごく難しいって気づいたから……」


 陽翔は、その会話を遠くに聞いたような気がした。

 自分の名前が、まるで“別の場所”で語られているような不思議な距離感。


 彼女の視線の先に、自分はいない。

 ただ、誰かと“同じ温度”で何かを語り合っている彼女の姿が、どうしようもなく胸に刺さる。


「……由愛、ちょっといい?」


 思わず声をかけた陽翔の言葉に、由愛は一瞬だけ戸惑いを見せた。


「ごめん、いまちょっと……展示の説明があって……後ででもいい?」


 ──その言葉に、何かが崩れた。


 陽翔は、わかっていた。彼女が自分を避けてるわけじゃないことも。

 でも、“自分の知らない時間”の中で育った会話や、視線の温度が、確実にそこにある。


 何も言えずに立ち尽くした彼の背中に、祭囃子が静かに響いていた。


(……どうして、俺は……)


 言葉にできない感情が、胸の奥で形にならずに沈んでいく。

 それはまだ、「嫉妬」や「不安」なんて明確な名前ではなかったけれど、確かに“すれ違い”の予感として、二人の間に影を落としていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ