青嶺大学編・第36話 クローバー子どもキャンプ/由愛と佐倉 悠真
青嶺大学編・第36話 クローバー子どもキャンプ/由愛と佐倉 悠真視点
――1日目
初日の午前中、子どもたちが施設に到着すると、早速にぎやかな声が広がった。
低学年や年長の子たちは、不安げな表情も混じるが、佐倉は柔らかな声で、一人ひとりに視線を合わせるように話しかけていた。
「ここに座ってごらん、ほら、大丈夫。ゆっくりでいいからね」
その隣で、由愛も笑顔を絶やさず、慣れない子どもたちに優しく接していた。
「由愛ちゃんって、子どもの目線で話すの、上手いんだな」
休憩のタイミングで、佐倉がぽつりとつぶやいた。
「え? そうかな……。でも、佐倉くんの方がすごいよ。初めての子でもすぐ打ち解けてる」
「ふふ。そりゃちょっとだけ、場数踏んでるからね。でも、君は素質あるよ。まっすぐで、あったかい目をしてる」
「……なんか、照れるね、それ」
冗談めいた空気の中に、ごくわずかな“親しさ”が芽生えていた。
――2日目
朝の体操を終えた後、佐倉が提案したのは、子どもたちとの“感情カード”を使ったワークだった。
「楽しかった? 悲しかった? 怖かった? ……カードで、今日の気持ちを教えてくれるかな」
子どもたちは最初戸惑っていたが、絵のついたカードを指差しながら、少しずつ心を開いていった。
「こういうの、学校でもやるの?」
「一部では。心理発達の分野でも注目されててさ。子どもたちの“言葉にできない気持ち”を引き出すためのツールなんだ」
由愛は、その話に深く頷いていた。
「……そういうの、もっと知りたいな。今まで“教える”ことばかり考えてたけど、支えるって、すごく繊細で大事なんだね」
「君みたいな人が、ちゃんと子どもに寄り添える先生になったらいいなって思うよ」
言葉に嘘はなかった。
でも、そのあたたかさが、少しずつ由愛の心に“安心”という居場所をつくり始めていた。
――2日目 夜:キャンプファイヤーの後
子どもたちが寝静まり、大人たちだけで焚き火を囲んだひととき。
星が瞬く夜空の下、虫の声がBGMのように響いていた。
「……陽翔くん、今日は違う班だったね」
ポツリと由愛が言うと、佐倉は少し笑った。
「そうだね。……今日、彼と話せた?」
「ううん。バタバタしてて。……でも、見てた。子どもたちの前で、生き生きしてた。あんな顔、大学じゃあまり見ないなって」
「……じゃあ、ちょっと寂しい?」
「……少しだけ。私もがんばってるのに、彼の目には映ってない気がして」
由愛の横顔は、火の揺らめきに照らされて少し影を落としていた。
「分かるよ。恋人だからこそ、伝わらないことってあるよね」
その言葉に、彼女は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに、そっとまぶたを閉じた。
「……うん、あるかも」
火を見つめるふたりの間に、しんとした静けさが流れた。
――3日目
最終日、荷物の片付けと帰りのバスの準備が進む中、由愛は幼い女の子にぎゅっと手を握られていた。
「ゆめせんせー、また来てくれる?」
「うん、またね。絶対に」
別れを惜しむ子どもたちの中、由愛は笑っていた。けれど、その瞳の奥には、少しだけ切なさが滲んでいた。
「……やっぱり、来てよかった」
「だろ? 君はちゃんと、子どもの心に届いてる。自信持って」
佐倉が隣に立ち、そっと声をかける。
由愛はふと、陽翔の姿を探したが、彼はまだ男子たちの引率でバタバタしていた。
そのとき、心のなかにぽつりと落ちたのは――
(なんで、いま話したいのに、いないんだろう)
由愛は、ほんの小さな違和感を感じていた。




