青嶺大学編・第35話 クローバー子どもキャンプ
青嶺大学編・第35話 クローバー子どもキャンプ
――夏のはじまり、森と空のあいだで。
青嶺大学のクローバー主催、夏の子どもキャンプは、緑に囲まれた自然体験施設で行われた。
標高の高い場所にあるそのキャンプ場は、セミの声と木々のざわめきに包まれ、日差しもどこか柔らかい。
大学生たちは、学年や学部の垣根を越えて複数の班に分かれ、それぞれ年齢層の異なる子どもたちを担当する。
――1日目
集合場所、夏の空がまぶしい。
陽翔はチェックリストを確認しながら、手早く子どもたちの点呼を取っていた。
「A班、全員いるな。B班は……お、由愛、そっちも頼む」
「うん、大丈夫。悠真くんと分担してやってるから」
その横で、佐倉がにこりと笑う。
「じゃあ今日もよろしく、陽翔くん。C班、スケジュール把握済みだから安心してね」
「ああ。頼りにしてるよ」
――だが、陽翔の胸の奥に小さな違和感が生まれていた。
(“悠真くん”? ……ずいぶんフレンドリーな呼び方だな)
由愛は以前からフラットに人と接するタイプだが、それでもどこか気になる響きだった。
活動が始まると、陽翔は男の子たちの元気さに振り回されつつも、真剣に向き合っていた。
一方で、休憩中に見かけた光景が、彼の心に棘を残す。
由愛と佐倉が、木陰で子どもたちの様子をメモしながら談笑していた。
近すぎるわけじゃない。でも、空気が、どこか親密だった。
(……何話してるんだろ。別に、気にする必要なんか――)
そう思い直して笑い飛ばそうとしたが、心の奥に引っかかったものは消えなかった。
――2日目
朝のプログラム中、陽翔は担当の班の男の子が他の子とトラブルになったのを仲裁していた。
「なあ、まずちゃんと話そう。怒ってるのはわかるけど、手を出すのは違うだろ?」
真剣な口調に、子どもたちも次第に落ち着いていく。
その様子を遠くから見ていた由愛は、思わず胸が温かくなるのを感じた。
(やっぱり陽翔くんって、子どもとちゃんと向き合ってる……)
でもその後、ワークショップで心理的な支援を扱ったセッションに参加した時、佐倉の説明に思わず聞き入ってしまった。
「“気持ち”を言葉にするのって、大人でも難しいでしょ。だから子どもは、泣いたり怒ったりすることで、ようやく伝えられるんだよ」
由愛が素直に頷く。
「そういうの、もっと知りたいな……。支えるって、簡単じゃないんだね」
そのやりとりを、少し離れた場所から陽翔は見ていた。
笑顔の由愛。真剣に話す佐倉。
(俺の知らない顔……してる気がする)
そんな感情が、陽翔の胸の中にざらりと残った。
――2日目 夜
キャンプファイヤーが終わった夜、子どもたちが寝静まったあとの談笑の時間。
陽翔は飲み物を取りに行って戻る途中、ふと焚き火の近くで話すふたりの姿を見かけた。
由愛と佐倉。近すぎるわけではない。けれど、静かに語り合っている様子に、陽翔は胸の奥がざわついた。
(……別に、悪いことしてるわけじゃない。相談、だろ)
けれど、その“相談”を、自分ではなく佐倉にしているという事実が、陽翔の中に静かな嫉妬を芽生えさせていた。
由愛が火を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「なんだか、陽翔くんとは最近、ちゃんと話せてないかも……」
その言葉は届かないはずだった。
けれど、風に乗って、陽翔の胸を刺すように通り過ぎていった。
――3日目
撤収作業の日、陽翔はリーダーとして荷物の整理や子どもたちの見送りで忙しくしていた。
その合間、ふと視線を向けると、由愛が佐倉と並んで、子どもたちに最後の挨拶をしていた。
「またね!」「せんせい、だいすき!」
無邪気な声に笑顔で手を振るふたり。
そこにいる“ひとつのチーム”としての空気に、陽翔はなぜか入り込めない気がした。
帰りのバスの中。
由愛は隣の席にいたが、どこか上の空で、スマホに視線を落とす。
「ねえ、陽翔くん。……お疲れさま」
「……ああ。おつかれ」
ほんの短いやりとりだったのに、言葉の奥にある“距離”が、痛いほど感じられた。
(俺……何やってたんだろう)
そんな思いが、陽翔の中で静かに広がっていった。