青嶺大学編・第32話 教育実習と静かな葛藤 2
青嶺大学編・第32話 教育実習と静かな葛藤 2
——教育実習五日目。午前の活動が終わり、給食の時間。
陽翔は、配膳が終わった教室の片隅で子どもたちと一緒に給食を食べていた。
けれど、表情はどこか硬く、笑顔は少なかった。
「先生、苦手なものあるの? ピーマン食べれる?」
「ねぇ、昨日のアニメ見た? すっごいおもしろかったよ!」
子どもたちは無邪気に話しかけてくる。
その声に、陽翔も笑って返そうとするけど、どこか空回りしてしまう。
(……ちゃんと、向き合えてるのか、俺)
隣の席の女の子が、こっそり自分の食べ終えた食器を見せてくれた。
「ぜんぶ食べたよ」って、小さく得意げに。
陽翔はその様子に、思わず「えらいな」と声をかける。
でも、その言葉も、なんだか表面的に聞こえてしまって――自分の中で響かない。
(この子は、きっと心から頑張ったんだ。それをちゃんと受けとめられない自分が……嫌だ)
——午後、掃除の時間。
雑巾を絞る子たちの間を手伝いながら、陽翔はふと、窓の外を見た。
体育館の向こうに、遠く青嶺の山々が揺れている。
子どもたちの笑い声が、風に乗って空へ消えていく。
その風景に、ふと、大学の文芸サークルでみんなと笑っていた時間がよみがえった。
由愛と教室でふざけ合ったこと。クローバーの子たちと歌ったこと。
そして、「教師になりたい」と初めて思った、あの春の日のことも。
(――それでも、俺は、ちゃんとこの場に立ちたかったんだ)
けれど、その「理想」と「現実」の落差が、陽翔の胸にまたひとつ、影を落とした。
——実習の終わり、放課後の職員室。
今日も、担任の先生から“穏やかな指摘”が続いた。
授業中の間の取り方。
子どもたちの反応を拾いきれていなかったこと。
声のトーンや、立ち位置の変化について。
「悪くはないけど、惜しい。そんな感じですね。焦らずいきましょう」
優しい言葉。
でも、その「悪くはない」という表現が、いちばん陽翔を苦しめた。
(“悪くはない”って……つまり“よくはない”ってことなんだよな)
静かな帰り道。
陽翔はバス停までの道をひとり歩いていた。
西日がアスファルトをじわりと熱している。
セミの声が、耳の奥に響く。
子どもたちの元気な姿が、頭の中をぐるぐると巡っていく。
(俺には……ちゃんとした言葉で、子どもに向き合える力がないのかもしれない)
(“なんとなく優しそう”ってだけで、教師を目指しちゃったんじゃないか)
スマホを取り出す。
由愛の名前が、メッセージアプリの最上段にある。
でも、タップする指が止まった。
彼女にこんな気持ち、伝えたくなかった。
心配をかけたくなかった。
何より、自分で自分が情けなかった。
――「教師なんて、自信がないとやれないよ」
教育学部の最初の授業で、教授がそう言っていたのを思い出す。
陽翔は、スマホをそっとポケットに戻した。
(……もう少しだけ、頑張ってみよう)
つぶやいた声は、小さくかすれていたけれど。
それでも、誰よりも静かな決意を込めていた。
涙なんて出なかった。
ただ、目の奥が少しだけ熱かった。




