青嶺大学編・第30話 声を届ける日
青嶺大学編・第30話 声を届ける日
7月の教室。扇風機の音が、静かに空気を揺らしていた。
「じゃあ、次の発表グループは……“学びの場における安心感づくり”チームです」
司会役の先生の声が響くと、陽翔はゆっくりと立ち上がった。
前に出ると、スクリーンに自分たちのスライドが映し出される。
(大丈夫。話すことは何度も練習した。あとは、伝えるだけ)
陽翔は心の中でひとつ呼吸を整えてから、マイクを握った。
「僕たちは、“学びの場における安心感づくり”をテーマに、このプレゼンを進めてきました」
最初の一声で、教室の空気が少し変わるのを感じる。
続く仲間の言葉。実際に教育実習で見聞きしたエピソード、子どもたちの表情、クラスの雰囲気。
陽翔は自分の番で、施設で見た“泣き虫だった男の子”の話をした。
「泣いてばかりいた子が、最後の日、“もう来ないの?”って言ったんです。……そのとき初めて、ちゃんと“つながった”って思えました」
その言葉に、客席のどこかから小さくうなずく気配が伝わる。
プレゼンの終わり、陽翔が深く一礼すると、拍手が教室に満ちた。
──そして次に、由愛たちのグループの番が来た。
テーマは「絵本を通じた心の育ち」。
穏やかで、けれどどこか芯のある声で、由愛は絵本を読むときの“目線の高さ”や“感情のトーン”の大切さについて語った。
「子どもたちの世界に、一緒に入り込む。……それが、最初の“信頼”につながる気がしています」
途中、由愛が話す間、陽翔はじっと彼女の姿を見つめていた。
少し震えていた手。けれど、その目はしっかりと前を見ていた。
(すごいな、由愛。……ちゃんと、自分の言葉で伝えてる)
プレゼンが終わり、教室が再び拍手に包まれる。
ふたりは視線を交わし、目だけで「お疲れさま」と伝え合った。
放課後、キャンパスの芝生のベンチ。
「今日、ほんとにすごかったよ。緊張してた?」
「うん、めっちゃしてた……。でも、陽翔くんが見てくれてるの、わかったから」
「……俺も。由愛の発表、ちゃんと胸に届いたよ」
そう言って、陽翔は由愛の手にそっと触れる。
「ねえ、今度さ……」
「うん?」
「夏休み入ったら、一緒に図書館行かない? ちょっと調べたいことがあって」
「……まじめか!」
ふたりは笑い合いながら、並んで歩き出す。
未来に向けて、小さな興味や気づきを、ひとつひとつ重ねていく日々。
それが、ふたりにとっての“学び”であり、“恋”だった。




