19.否定できない想い
19.否定できない想い
帰り道、陽翔と由愛は並んで歩いていた。
日はすっかり落ち、街灯の明かりが歩道を照らしている。
周囲は学生や会社帰りの大人たちで賑わっていたが、二人の間には妙な静けさがあった。
陽翔は、ちらりと横目で由愛を見た。
彼女はゲームセンターで取ったぬいぐるみを胸に抱えたまま、楽しそうに微笑んでいる。
「そんなに気に入ったのか、それ」
「うん。だって藤崎くんが頑張って取ってくれたんだもん」
「いや、別にそんな頑張ったわけじゃ——」
「でも、嬉しかったよ」
そう言って見せる由愛の笑顔に、陽翔はまた心臓が跳ねるのを感じた。
(……くそ、最近こんなのばっかだ)
由愛の一挙一動に振り回される自分がいる。
「ただのクラスメイト」なら、こんな風に意識するはずがないのに——。
「藤崎くん?」
「え、あ、ああ……」
「どうかした?」
「いや、なんでも」
言えるわけがない。
「お前のこと、好きになりかけてるかもしれない」——なんて。
「……ねえ」
「ん?」
「もしさ、好きな人ができたら……藤崎くんって、どうする?」
「は?」
突然の質問に、陽翔は戸惑った。
「どうするって……そりゃ、普通に告白するとか、そういうことか?」
「ううん。そうじゃなくて」
由愛は、ふと夜空を見上げた。
「その気持ちを、ちゃんと認められる?」
「……」
「気づかないフリとか、したりしない?」
陽翔は、言葉を詰まらせた。
(……それ、今の俺のこと言ってるのか?)
自分の気持ちに、気づかないフリをしている。
それを、由愛に見透かされているような気がした。
「……わかんねぇよ、そんなの」
「そっか」
由愛は、それ以上何も言わなかった。
でも、どこか寂しそうな表情を浮かべた気がして——陽翔は思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。
(……俺、本当はどうしたいんだ?)
彼女のことを特別に思っているのは確かだ。
でも、それが「好き」なのかどうか、まだ分からない。
けれど、一つだけ言えることがあった。
「お前が……誰かを好きになったら、俺は……」
「——ん?」
「……いや、なんでもない」
陽翔は首を振った。
由愛が他の誰かを好きになったら——そんなことを考えたくもなかった。
「橘、お前ん家どこだっけ?」
「あ、もうすぐそこだよ」
由愛が指をさした先に、マンションの明かりが見えた。
「そっか」
「……今日は、楽しかったよ」
「まあ、たまには寄り道も悪くないな」
「ふふっ、そうだね」
由愛は、ぬいぐるみを抱え直すと、軽く手を振った。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ」
由愛がマンションのエントランスに消えるのを見届けたあと、陽翔は大きく息を吐いた。
「……はぁ」
心臓のドキドキが、まだ収まらない。
「これ……やっぱ、俺……」
由愛に惹かれてる。
否定しようとしても、もう無理だった。
「……バカかよ、俺」
自分の気持ちを認めた瞬間、どうしようもなく恥ずかしくなった。
でも、同時に——少しだけ、嬉しくもあった。




