表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおはる  作者: 米糠
197/250

青嶺大学編・第27話 夕立と、ページの隙間

 青嶺大学編・第27話 夕立と、ページの隙間



 7月が目前に迫ったある日。

 午後の青嶺大学には、蒸し暑さと、夏の匂いが混じっていた。

 窓の外では、雲の合間から陽射しが覗き、木々の葉がきらりと光っていた。


「よし、次は教育心理の範囲確認しようか」


 学内のグループ学習スペース。

 白い大きなテーブルの上には参考書とノートが広がり、その一角で、陽翔と由愛が並んで座っていた。


 由愛は試験前になると“自分だけで抱え込みがち”になる性格だった。

 陽翔はそれをなんとなくわかっていたから、なるべく「一緒にやろう」って自然な流れを作るようにしていた。


「……あ、ここの図式、ちょっと整理したノートあるよ。見る?」


「ほんと? 助かる……。なんか、最近うまく頭に入ってこなくて」


 由愛がそう呟く声は、わずかに疲れていた。


 陽翔は彼女の隣にそっとノートを差し出しながら、横顔を盗み見た。

 睫毛の影、集中している眉のライン。けれどその表情には、いつもより少し、余裕がなかった。


「焦ってる?」


「うん……少し。いや、結構かも。授業内容は好きなんだけど、応用とかになると難しくて……“できなきゃ”って思うと、余計空回りしちゃう」


「……そっか。でも、今日だけでもだいぶ整理できたんじゃない? この前より、ちゃんと話せてる気がするよ、俺には」


 一拍おいて、由愛の唇に、小さな笑みが浮かんだ。


「そう言ってもらえると、ちょっと安心する。ありがと、陽翔くん」


 陽翔は、照れくさそうに頭をかいた。


「俺も、得意なわけじゃないし。むしろ由愛がいたからここまでやれてる気がする」


 お互いに、“頼り合う”というより、“背中を預け合う”感覚。

 そんな空気が、ふたりの間にやわらかく流れていた。


 ⸻


 夕方。

 校舎のガラス窓に、ぽつり、と音が落ちた。


「……降ってきたね」


「夕立か。今日、傘持ってた?」


 由愛は小さく首を横に振る。


「じゃあ、図書館でちょっと待っていく? 時間潰せるし」


 ふたりはノートと資料を手に、静かな図書館の奥、窓際のカウンター席へ。

 外では雨が強まり、湿った空気がガラスを曇らせる。


「ねえ、陽翔くん」


 雨音にまぎれるように、由愛がそっと声を落とす。


「夏休みになったら……一日だけ、どこか行かない? 遊びとか、息抜きとか……そういうの」


 陽翔は驚いたように少しだけ目を見開き、それからすぐに頷いた。


「うん、行こう。ぜったい行こう」


 ふたりの中にあった試験前の緊張が、ほんの少し、ほぐれていく。


 カウンターの上、開きっぱなしの参考書の間に、雨のリズムが入り込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ