青嶺大学編・第27話 夕立と、ページの隙間
青嶺大学編・第27話 夕立と、ページの隙間
7月が目前に迫ったある日。
午後の青嶺大学には、蒸し暑さと、夏の匂いが混じっていた。
窓の外では、雲の合間から陽射しが覗き、木々の葉がきらりと光っていた。
「よし、次は教育心理の範囲確認しようか」
学内のグループ学習スペース。
白い大きなテーブルの上には参考書とノートが広がり、その一角で、陽翔と由愛が並んで座っていた。
由愛は試験前になると“自分だけで抱え込みがち”になる性格だった。
陽翔はそれをなんとなくわかっていたから、なるべく「一緒にやろう」って自然な流れを作るようにしていた。
「……あ、ここの図式、ちょっと整理したノートあるよ。見る?」
「ほんと? 助かる……。なんか、最近うまく頭に入ってこなくて」
由愛がそう呟く声は、わずかに疲れていた。
陽翔は彼女の隣にそっとノートを差し出しながら、横顔を盗み見た。
睫毛の影、集中している眉のライン。けれどその表情には、いつもより少し、余裕がなかった。
「焦ってる?」
「うん……少し。いや、結構かも。授業内容は好きなんだけど、応用とかになると難しくて……“できなきゃ”って思うと、余計空回りしちゃう」
「……そっか。でも、今日だけでもだいぶ整理できたんじゃない? この前より、ちゃんと話せてる気がするよ、俺には」
一拍おいて、由愛の唇に、小さな笑みが浮かんだ。
「そう言ってもらえると、ちょっと安心する。ありがと、陽翔くん」
陽翔は、照れくさそうに頭をかいた。
「俺も、得意なわけじゃないし。むしろ由愛がいたからここまでやれてる気がする」
お互いに、“頼り合う”というより、“背中を預け合う”感覚。
そんな空気が、ふたりの間にやわらかく流れていた。
⸻
夕方。
校舎のガラス窓に、ぽつり、と音が落ちた。
「……降ってきたね」
「夕立か。今日、傘持ってた?」
由愛は小さく首を横に振る。
「じゃあ、図書館でちょっと待っていく? 時間潰せるし」
ふたりはノートと資料を手に、静かな図書館の奥、窓際のカウンター席へ。
外では雨が強まり、湿った空気がガラスを曇らせる。
「ねえ、陽翔くん」
雨音にまぎれるように、由愛がそっと声を落とす。
「夏休みになったら……一日だけ、どこか行かない? 遊びとか、息抜きとか……そういうの」
陽翔は驚いたように少しだけ目を見開き、それからすぐに頷いた。
「うん、行こう。ぜったい行こう」
ふたりの中にあった試験前の緊張が、ほんの少し、ほぐれていく。
カウンターの上、開きっぱなしの参考書の間に、雨のリズムが入り込んでいた。




