大学編. 第23話 レポート提出と小テスト
大学編. 第23話 レポート提出と小テスト
気づけばカレンダーは、5月の終盤を指していた。
柔らかかった日差しは少しずつ鋭さを増し、キャンパスを吹き抜ける風も、どこかじめっとした湿り気を含み始めている。初夏の足音が、確実に近づいていた。
そんななか、青嶺大学の掲示板やオンラインポータルには、無数の「レポート提出日」や「小テスト実施」の文字が並び始める。
――前期中間、課題と小テストの時期。
朝8時、陽翔は学食近くのベンチに座り、開きかけたノートを前にして頭を抱えていた。
「教育心理、範囲ひろすぎだろ……」
ページをめくるたびに増えていく赤ペンの書き込み。理解したつもりの用語も、いざまとめようとすると、言葉が浮かんでこない。レポートは「自分の言葉で書くこと」が求められる――高校のような”模範解答”がないことに、戸惑いを感じていた。
そして何より、締め切りが近づいてくるたびに、胸のあたりがそわそわと落ち着かなくなる。
由愛もまた、大学図書館の静かな閲覧スペースで、眉間にしわを寄せていた。
教育原理のレポートと、子どもの発達に関する調べ学習、そして週明けにあるピアノ演習の小テスト――やるべきことは分かっている。でも、それぞれに“ちゃんとやりたい”という気持ちが強すぎて、思うように手が進まなかった。
(…中途半端なこと、したくない)
真面目さと責任感。そのせいで余計に、自分にプレッシャーをかけてしまっていた。
ある日曜の夕方、二人は大学近くのカフェでレポートの続きをやるために待ち合わせていた。
テーブルにノートPCを並べ、アイスティーをすすりながら、ため息が交差する。
「……もうやばい。ここ、3回読んでも意味が入ってこない」
「うん、わかる。目では読んでるんだけど、脳が拒否してるよね」
そんな風に愚痴をこぼし合える相手がいるだけで、気持ちは少し楽になる。
由愛がふと顔を上げ、苦笑まじりに言った。
「でもさ、こうしてカフェで課題やってると、なんか”大学生”って感じするよね」
陽翔も、少し笑った。
「な。疲れてんのに、ちょっと嬉しいとか意味わかんない」
二人の間に、ほんの一瞬、風が通ったような軽さが生まれる。
それでも現実は待ってくれない。夜が更けるごとに、やるべきタスクは積み重なり、日々の寝不足が蓄積していく。
講義中、由愛はつい、ノートを取りながら舟を漕ぎそうになる。陽翔も、ゼミの発表スライドの編集に追われて、昼食を適当に済ませる日が続く。
それでも――
互いに顔を見て、「今日も頑張ってるね」って言える誰かがいる。それが、どれだけ心強いことかを、ふたりは少しずつ知っていく。
五月の終盤。
キャンパスのツツジが色鮮やかに咲き始める頃。
レポートを提出し終えたあとの空が、こんなに広く感じるなんて、誰が想像しただろう。
「よっしゃ……出した!」
PC画面の「送信しました」の表示を見て、陽翔は思わず椅子にもたれかかった。
その日の夕暮れ。図書館前で合流したふたりは、目の下にうっすらクマを作りながらも、どこか晴れやかな顔をしていた。
「疲れたけど……がんばったね」
「うん。なんかさ、“学生”やってるなーって思った」
課題に追われる日々も、笑って振り返れる時が来る。
そう信じられるのは、隣に同じ景色を見ている誰かがいるからだ。