大学編・第22 話 青嶺大学の5月
大学編・第22 話 青嶺大学の5月
青嶺大学のキャンパスには、まだどこか新入生の初々しさが漂っていた。
駅からのバスを降りた学生たちは、朝の光に包まれた芝生広場を横目に、それぞれの講義棟へと歩いていく。その足取りには、四月にはなかった落ち着きが少しずつ宿り始めている。最初は右も左も分からなかった教室の配置も、今では自然と足が向かう。すれ違う誰かと、目が合えば軽く会釈する。そんな”慣れ”が生まれつつある、五月のキャンパス。
木々の緑は濃くなり、学内の池では水面を泳ぐカルガモの親子が見られるようになった。陽翔は、ふとそれを見かけて立ち止まり、「あいつらも新生活かな」と呟く。由愛が笑って、「ほら、親子で暮らしてるのかもよ」と答えた。そんな何気ないやりとりも、大学に馴染んできた証のようだった。
サークル「クローバー」では、新入生歓迎の一環として、近隣の小学校への見学体験が始まった。
初めてのボランティア体験に、由愛は前夜からそわそわしていた。まだ知らない場所、まだ会ったことのない子どもたち――その期待と不安が混ざり合って、まるで小学生の頃の遠足前夜のような気持ちになっていた。
一方の陽翔は、「自分、子どもに好かれるタイプかなあ」と中西悠斗とぼやき合いながらも、由愛と一緒にいられる時間が増えることを、どこか楽しみにしていた。
そんな二人にとって、小学校の教室に入った瞬間の空気は、思っていた以上に生き生きとしていた。
「先生たちになる人?」「ねえ、名前なに?」
人懐っこく話しかけてくる子どもたちに、最初は戸惑いながらも、徐々に笑顔がほぐれていく。由愛は膝をついて、目線を子どもに合わせるのを忘れない。「うん、それすごく上手だね!」と褒める声には、すでに保育士や教師の芽が感じられた。
その日、帰り道のバスの中。夕焼けに照らされた窓越しに、陽翔と由愛は今日一日を振り返っていた。
「…うまく話せたかはわかんないけど、なんかね……“伝わる”って、こういう感じなのかなって思った」
由愛がぽつりとそう言ったとき、陽翔は心の中で頷いていた。彼女の言葉のひとつひとつが、日々、少しずつ深くなっている気がする。目指している道が、少しずつ輪郭を持ち始めているように感じられた。
夕日がゆっくり沈み、バスの中に穏やかな沈黙が流れる。
新歓や講義で出会った顔ぶれが、“知り合い”から”仲間”に変わっていくこの時期。学食のオムライスを一緒に食べたり、図書館で課題の相談をしたり。クローバーの先輩たちとも、少しずつ打ち解けてきた。最初はぎこちなかった文芸サークルの冊子も、陽翔が「少し書いてみようかな」と思うようになるきっかけをくれた。
青嶺大学の5月。
それは、“大学生になった”という実感が、じんわりと胸の内側から育ってくる季節。
そして、未来に繋がる道が、確かに足元に広がり始める、そんな始まりのときだった。




