大学編・第15話 「新しい日々のはじまりに」
大学編・第15話 「新しい日々のはじまりに」
窓から差し込む朝の光が、教室の木製の机に長く影を落としていた。
教育原理の授業が始まる前、陽翔は席につきながら、静かにノートを開いた。
大学の講義室は、高校とは違う広さがあって、どこか無機質な雰囲気が漂っている。
だが、隣に座る由愛がふとペンを走らせる音が、そんな空気をやさしく和らげてくれていた。
(昨日の交流会、すごく良かったな……)
講義の冒頭、教授の話を聞きながら、陽翔はふと前日の帰り道を思い出す。
由愛の言葉が、風のように胸に残っていた。
「これからも、こうやって並んで歩いていけたらいいな」
講義の終わりを告げるチャイムのようなベルが鳴り、学生たちが立ち上がる中で、陽翔と由愛は目を合わせて小さく笑い合った。
「午後、クローバーのミーティングあるんだって。新入生、けっこうたくさんいるみたい」
由愛が楽しそうに言う。その声には、昨日とはまた違った新しい期待が込められていた。
午後の学生ホール。クローバーのメンバーが集まる多目的室は、窓際に観葉植物が並び、穏やかな光が差し込む空間だった。
中原啓介先輩が、和やかな口調でサークルの今後の活動方針を話しながら、メンバーの目を一人ひとり見ていた。
「来週から、地域の学童クラブでの活動が始まります。初参加の人も、安心して来てくださいね」
その優しい声に、由愛は小さくうなずいた。横顔には、少し緊張の影がある。でも、逃げない瞳をしていた。
陽翔はふと、隣に座る彼女の手のひらを見た。ノートの角をぎゅっと握っている指先が、決意を物語っていた。
(大丈夫。きっと、由愛ならやれる。俺も……そばにいる)
そして、ミーティングのあと。陽翔は、もうひとつの「気になる場所」へ足を向けていた。
――文芸サークル「ことのは文庫」の部室。
静かな空間。机の上には詩集と、手作りの冊子。ほんのり紙の匂いと、インクの香りが漂う。
「……来ると思ってた」
ふいに、奥の本棚の影から現れたのは、久住彩音だった。
彼女は落ち着いた表情で、陽翔に視線を向けた。けれど、その瞳の奥には少し、期待と探るような光が見えた。
「この前の文章、まだ覚えてる。感情が、まっすぐだった」
「……そんな風に言ってもらえるとは思ってなかった」
「私、こういう感情に弱いの。……だから、もっと見てみたい。陽翔くんの言葉」
陽翔は一瞬、息をのんだ。大学に入ってから、初めて――“書くこと”が、誰かの心に届いたと実感した瞬間だった。
「俺、入ってみようかな。このサークル」
「うん。歓迎する。……焦らなくていい。書きたくなった時に、書けばいいから」
夕方の光が、部室のカーテン越しにやわらかく差し込んでいた。
陽翔は、少しだけ前を向いて歩き出せた気がした。