大学編・第13話 「こどもたちの笑顔のなかで」
大学編・第13話 「こどもたちの笑顔のなかで」
青嶺大学の附属交流センター。広々とした多目的ホールには、朝から子どもたちの笑い声が響いていた。
地域こども交流会。当日は快晴。春の陽射しがガラス越しに差し込み、床に柔らかな光と影を描いている。ホールの一角には手作りの紙芝居コーナーや、折り紙とぬりえのブース。子どもたちは興味津々に集まり、それぞれのブースをまわっていた。
「えっと、この赤ずきんちゃんが、森に入っていくとね……」
紙芝居の台の前で、由愛が優しい声で物語を読み上げている。子どもたちはその声にじっと耳を傾け、時折、驚いたり、笑ったり、小さな手を叩いたり。
横でページをめくる陽翔も、慎重にタイミングを合わせながら由愛に寄り添う。ふたりで練習した成果が、今、目の前で形になっていた。
「おしまい!」
由愛の読み終えた声と同時に、子どもたちから拍手と歓声が上がる。
「わー! おもしろかったー!」
「つぎのおはなしないのー?」
由愛はちょっと照れくさそうに笑いながら、子どもたちに優しく声をかけた。
「今日はね、まだ工作コーナーもあるから、そっちも楽しんできてね」
「じゃあ、つぎぬりえいくー!」
小さな足音が去っていくと、陽翔はそっと由愛の隣に座り込んだ。
「……すごいな、由愛」
「え、なにが?」
「緊張してる感じ、全然見えなかった。めっちゃ堂々としてて、子どもたちもすごい楽しそうだったし」
由愛は照れたように笑って、耳元まで赤く染めた。
「そっか……でも、心の中はドキドキだったんだよ? でもね、陽翔くんが隣にいてくれたから、安心して声出せたの」
そう言って、そっと視線を合わせる。陽翔も目を細めて頷いた。
「……たぶん、俺も同じこと思ってた」
その一瞬、ふたりの間に流れた沈黙は、言葉よりも確かで、やさしかった。
ふと、ホールの隅で小さな男の子がひとり、椅子に座っているのが見えた。手には折り紙を握りしめ、少し困った顔。
「……あの子、もしかして迷ってるのかな?」
由愛がつぶやくと、陽翔も立ち上がった。
「行ってみようか」
ふたりは顔を見合わせ、自然と足を運ぶ。
ホールの隅にいた男の子は、5歳くらいだろうか。
小さな体を椅子に埋めるように座らせ、ぎゅっと折り紙を握りしめたまま、下を向いていた。
近づいてみると、その手元の折り紙は少しクシャクシャになっていて、何かを途中であきらめてしまったような跡が残っている。
「こんにちは、折り紙やってたの?」
陽翔がやさしく声をかけると、男の子は一瞬びくりと肩を揺らした。けれど、顔をあげることはなく、ほんの少しだけ首を縦に振った。
「難しかったのかな? もしよかったら、一緒にやってみる?」
男の子は、黙ったまま折り紙を差し出した。
その仕草に、陽翔は微笑んで膝をつき、持っていた折り紙をそっと受け取った。
「よし、じゃあ……カブト、作ってみようか」
隣に腰を下ろした由愛が、小さく頷いて笑った。
「わたし、紙飛行機なら得意かも。あとで飛ばしてみようね」
――時間が、ゆっくりと流れていく。
カブトの角を折るとき、小さな手がぎこちなく動いた。
陽翔はその動きを見守りながら、何も急かさなかった。ただ、見守って、時々手を添える。
由愛もまた、静かに微笑みながら、紙飛行機を丁寧に折っていた。
彼女の視線は、時折男の子の表情をやわらかく追いながら。
やがて――。
「できた……」
男の子の小さな声が、ふたりの耳に届いた。
そっと顔を上げた彼の目は、ほんの少し涙ぐんでいたけれど、その中にきらりと光るものがあった。
「すごい、じょうずにできたね!」
由愛がぱっと笑顔を咲かせて拍手すると、男の子は照れたように笑った。
陽翔もそっと頷く。
「自分で作れたの、えらいな。がんばったね」
その言葉に、男の子はうん、と小さく頷いた。
そして、ぎゅっと折り紙のカブトを握りしめたまま、ふたりに向かって言った。
「ありがとう、おにいちゃん、おねえちゃん」
――その声は、小さくても、まっすぐだった。
それを聞いた瞬間、由愛の胸にじんわりと温かいものが広がった。
(……こういう時間が、きっと、わたしが目指したい未来の一部なんだ)
横で、陽翔も同じように感じていた。
子どもの笑顔に、こんなにも心が動くなんて――。
ふたりはそっと目を合わせ、何も言わずに微笑み合った。
小さな手と小さな声に触れた、その春の午後。
その一瞬が、大学生活の中で確かに輝く、大切な一幕になっていた。




