大学編・第12話 「ふたりきりの準備時間」
大学編・第12話 「ふたりきりの準備時間」
夕暮れの光が、図書館の窓ガラスに淡い茜色を映していた。
青嶺大学の中央図書館。その奥まった閲覧スペースの一角、木製の丸テーブルに、陽翔と由愛は肩を並べて座っていた。机の上には色とりどりの画用紙、プリントされた台本、カラーペンやのり、ハサミ。ふたりは、来週の“地域こども交流会”の準備で、子ども向けの読み聞かせ用紙芝居と、工作コーナーの試作品をつくっていた。
「うーん、この場面……もうちょっと背景、色足した方がいいかな?」
陽翔が描いた草原のイラストを見て、由愛が小さく首をかしげる。
「たしかに……木とか、雲も入れた方が楽しげに見えるかも」
「うん、それ! 子どもって、背景のちょっとした色でも反応してくれるから」
由愛は、緑と水色のペンを手に取って、そっと陽翔の紙に色を足していく。その指先は丁寧で、けれどどこか楽しげだった。
陽翔は黙ってその様子を見つめる。気づかれないように、ほんの少しだけ。
(こうして、並んで何かを作るのって……高校の文化祭以来かもな)
あの頃よりもずっと近くて、けれど、ほんの少し距離がある。恋人同士として、でもまだ“大学生としての関係”に慣れきれていない、自分たちのぎこちない手つきと心の距離。
「……こうしてると、なんか変な感じだよね」
不意に、由愛が言った。カラーペンを止めて、机に手を置く。
「変って?」
「うーん、高校の時は、陽翔くんと一緒にいるのが“日常”だったのに。大学に来たら、ちょっと頑張らないと時間が合わないっていうか……」
「……わかるよ。俺も、そう思ってた」
陽翔の言葉に、由愛はほんの少し、肩の力を抜いたように笑った。夕陽が彼女の頬を優しく染め、陰影を映し出す。
「でも、こうやって“ふたりで何かをする”って、やっぱり好きだな」
「俺も。……この時間、けっこう好きだよ」
自然と手が重なりかけて、でもお互い、ふっと指を引っ込めた。
それでも心の中では、小さな火が灯るようなあたたかさが広がっていた。
外は、日が落ちかけ、図書館の明かりが優しく灯る頃。
ふたりの手元には、未完成の紙芝居と、笑顔のイラスト。
「……これ、きっと子どもたち、喜んでくれるよね」
「うん。由愛が描いた“うさぎ先生”、めっちゃ可愛いし」
「え、ほんと!? ……じゃあ、表紙にも描いちゃおっかな」
ふたりの声が、静かな図書館の空気の中に溶けていく。
大学の春はまだ始まったばかり。けれど、そんな中にも、確かに芽吹き始めた“ふたりの日常”が、ここにあった。




