大学編・第11話 「はじまりの場所」
大学編・第11話 「はじまりの場所」
週が明けた月曜の午後。春風が新緑の葉を優しく揺らす中、青嶺大学の学生ホールでは、教育ボランティアサークル「クローバー」のミーティングが行われていた。
広めのラウンジの一角、長机を囲んで十人ほどのメンバーが集まっている。壁際には子ども向けの絵本や教材が並び、窓から差し込む陽射しが、部屋の空気を柔らかく照らしていた。
「えーっと、来週の“地域こども交流会”ね。場所は市立西公民館、参加予定の子どもは小学生が約十五名。内容は、読み聞かせとゲーム、それから手作り工作……だね」
中原啓介先輩が、ノートパソコンを操作しながら淡々と説明する。低く穏やかな声は、場の空気を落ち着かせる不思議な力を持っていた。
陽翔は、その隣に座る由愛の横顔をちらと見た。ノートに真剣な表情でメモを取る彼女の姿に、小さな安心を覚える。
(すごいな、由愛……こういう場でもちゃんと自分の役割を見つけてる)
一方、自分はと言えば、まだこのサークルの中で何ができるのか手探りの状態だった。
「陽翔くん、読み聞かせ、やってみない?」
声をかけてきたのは、宮田麗香先輩。サークルの副代表で、面倒見の良さには定評がある。
「えっ、自分が……ですか?」
「うん。文章書くの好きなんでしょ? 声に出して届けるって、また違う“表現”になるから」
先輩の言葉に、一瞬戸惑いながらも、陽翔はゆっくりとうなずいた。
(……確かに、自分の言葉で、子どもたちに何かを伝えるって、悪くないかも)
そんな彼の様子を、由愛はそっと目を細めて見つめていた。
(陽翔くんの声、優しいから。きっと、子どもたちも安心できると思う)
ミーティングが終わる頃には、陽翔と由愛は、それぞれ小さな役割を与えられていた。
読み聞かせの担当と、手作り工作コーナーのリーダー。
大学の中だけでは触れられない「現場」が、少しずつ目の前に現れはじめている。
その先にあるのは、教えること、支えること、そして“自分らしさ”を試す場。
春の風が通り抜けたホールに、静かな決意が宿っていた。




