17.寄り道の理由
17.寄り道の理由
放課後の街は、昼間の喧騒とは違い、どこか落ち着いた雰囲気をまとっていた。
制服姿の学生たちがちらほらと行き交い、部活帰りのグループや、カップルらしき二人組が並んで歩いている。
そんな中、陽翔と由愛も並んで歩いていた。
「で、どこに行くの?」
「……特に決めてないけど」
「え、じゃあなんでこっちに来たの?」
「……なんとなく?」
「なんとなくって……」
由愛は呆れたように言いながらも、すぐにクスッと笑った。
「でも、藤崎くんってそういうところあるよね」
「そういうところ?」
「うん。考えなしっていうか、流されやすいっていうか」
「おい、それちょっと馬鹿にしてるだろ」
「そんなことないよ?」
由愛は軽く肩をすくめる。
「むしろ、それが藤崎くんらしいなって思っただけ」
「……らしい、か」
自分らしさ——それを、由愛はどこまで理解しているんだろう。
自分以上に、自分を分かっている気がして、なんだか落ち着かない。
そんなことを考えていると、ふと視界の端にゲームセンターの明かりが映った。
「……ゲーセンとか行ったことある?」
「ゲーセン?」
「うん。あんまり行かない?」
「うーん……たまに友達とプリクラ撮るくらいかな」
「プリクラ?」
「なにその意外そうな顔」
「いや、なんか橘って、そういうの興味なさそうなイメージだった」
「ひどいなぁ。私だって普通の女子高生だよ?」
「いや、普通の女子高生って自分で言うか?」
「言うよ。むしろ藤崎くんが私を普通じゃないみたいに思ってるだけじゃない?」
「……それは、まあ……」
陽翔は言葉を濁した。
実際、由愛は“普通”じゃない。
学年一の美少女と噂されているし、性格もミステリアスで掴みどころがない。
それに、なぜか自分にだけ距離が近い気がする。
「ま、いいや。せっかくだし、行ってみよ?」
「え?」
「ゲーセン。藤崎くん、やりたいんでしょ?」
「いや、俺は別に——」
「嘘。さっき、すごく興味ありそうな顔してた」
「……」
(こいつ、ほんとよく見てるよな……)
由愛に言い当てられ、陽翔は観念したようにため息をついた。
「……じゃあ、ちょっとだけな」
「ふふっ、了解」
◇◆◇
ゲームセンターに入ると、色とりどりのネオンと電子音が響き、にぎやかな空間が広がっていた。
「意外と人多いね」
「まあ、放課後だしな」
奥の方には、音ゲーをプレイする学生や、レースゲームで対戦している男子たちの姿も見える。
由愛はきょろきょろと辺りを見回しながら、クレーンゲームの前で立ち止まった。
「わっ、かわいい」
「どれ?」
「このぬいぐるみ」
そこには、小さなクマのぬいぐるみが並んでいた。
白くてふわふわした見た目で、確かに女子ウケしそうなデザインだった。
「欲しいのか?」
「うん。でも、こういうのって取れる気がしないんだよね」
「試してみれば?」
「やってみる?」
「いや、俺は別に……」
「……そっか」
由愛は少し残念そうに呟いた。
その表情を見た瞬間、陽翔の胸がチクリと痛んだ。
(なんだ、この感じ……)
昨日までは考えもしなかった。
だけど、今は彼女の表情一つに、こんなにも心が揺れる。
「……じゃあ、俺、やってみる」
「え?」
「欲しいんだろ?」
「……うん」
由愛は驚いたような顔をしたあと、ふっと笑った。
「じゃあ、お願いしよっかな」
「ま、期待はするなよ」
そう言いながら、陽翔はコインを投入し、クレーンを操作し始めた。
由愛の視線が横から注がれているのを感じる。
それだけで妙に緊張して、いつもなら適当にやるところを慎重に狙いを定めた。
(……いけるか?)
ボタンを押し、クレーンがゆっくりと下降する。
爪がぬいぐるみに引っかかり、ふわっと持ち上がった——が、
「……あっ」
最後の瞬間、ぬいぐるみはポトリと落ちてしまった。
「おしい!」
由愛が思わず声を上げる。
「くそ……」
「もう一回やってみる?」
「……まあ、ここまで来たらな」
陽翔は、二度目の挑戦に入った。
今度は少し位置をずらし、慎重に狙いを定める。
クレーンが降り、ぬいぐるみを持ち上げる——そして、
「おっ……!」
ガシャン、と景品口に落ちた。
「やった!」
「おお、マジか……!」
陽翔がぬいぐるみを取り出し、由愛に手渡す。
「ほら」
「……ほんとに取れたんだ」
由愛は驚いたようにぬいぐるみを見つめ、そっと抱きしめた。
「ありがとう、藤崎くん」
「いや、別に大したことじゃ——」
「ううん。すごく嬉しい」
由愛は、ふわりと微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、陽翔の胸がまたドキンと跳ねる。
(……なんだよ、これ)
彼女が笑うだけで、こんなにも心が揺れるなんて。
たった一つのぬいぐるみで、こんなに喜ぶ姿を見てしまったら——。
(……俺、たぶんもう……)
由愛のことを「クラスメイト」だなんて、言えなくなってしまう。
陽翔は、自分の中で何かが決定的に変わったことを感じていた。




