大学編・第6話 「交差する風景の中で」
大学編・第6話 「交差する風景の中で」
朝の青嶺大学は、どこかのどかで、そして賑やかだった。
駅からのバスを降りて正門をくぐると、広がる芝生とガラス張りの講義棟。そのあいだを、リュックを背負った学生たちがゆるやかな流れのように行き交っている。
陽翔は、由愛と別れてそれぞれの講義棟へと向かっていた。
「今日の一限、教育原理……だよな」
キャンパスの掲示板には、「春の新歓イベント」や「地域ボランティア募集」のポスターが並び、春の雰囲気をより一層感じさせる。
講義室の扉を開けると、すでに何人かの学生がノートを広げていた。
「お、陽翔。おはよ!」
声をかけてきたのは、中西悠斗。元サッカー部らしい、ちょっと日焼けした笑顔が朝の日差しに映えている。
「おはよう。今日もギリギリだったな」
「はは、まあ、ね。てかさ、昨日の子ども支援のボランティア、どうだった?」
「うん、いい経験だった。ちょっと緊張したけど」
「マジか……俺も興味あるけど、人見知り発動しそうでなあ」
苦笑いする悠斗に、陽翔も笑って返す。
そこへ、元気な声が教室のドアの方から響いた。
「おはよー!」
佐倉知花だ。明るい声とふんわりした笑顔で、自然と場が和んだ。
「陽翔くん、昨日、由愛ちゃんと一緒だったんだって? えへへ、あの子、ちょっと嬉しそうだったよ」
「そ、そうかな……」
そんな他愛のないやり取りの中でも、どこかくすぐったい気持ちになる。
やがて始まった講義では、高木一誠教授がゆったりとした口調で話し始めた。
「“教える”とは、“伝える”ことではありません。“気づかせる”こと。教育とは、自分の鏡を見せるようなものです」
ノートをとりながら、陽翔はふと隣の窓の外に目をやる。風に揺れる木々と、陽光が差し込む教室。
その風景は、高校とはまったく違う新しさと、少しの不安、そして確かな希望を感じさせた。
──そして、その日の午後。
由愛は福祉心理学の講義を終え、学食の横にあるベンチで知花や笑花と昼食をとっていた。
「ねえねえ、文芸サークル“ことのは文庫”って知ってる? うちの学部の掲示板にポスター貼ってあったんだけどさ」
笑花がそう言ってスマホの写真を見せる。
『ことのは文庫 新入部員歓迎会のお知らせ』
「短編小説や詩、随筆を集めて月1回冊子にまとめるんだって。なんか、文学的でちょっと素敵じゃない?」
「へぇ……陽翔くん、そういうの興味ありそうだね」
由愛がぽつりと呟くと、知花がにっこりと笑った。
「ね、声かけてみたら? 案外、そっちの道も才能あるかもよ」
──その言葉が、ほんの少しだけ胸の奥に灯る。
ふたりの春は、まだ始まったばかり。




