青嶺大学編・第5話 「静かな、ただいま」
青嶺大学編・第5話 「静かな、ただいま」
児童館での活動を終えたふたりは、バスに揺られながら青嶺大学のキャンパスへ戻ってきていた。
すっかり日も傾き、校舎の影が長く伸びている。芝生広場には、ベンチで話す学生たちや、教科書を広げて夕日を背に勉強している姿が点々とあった。
バス停から歩きながら、由愛が少し遠くを見つめる。
「……なんだか、ずっと昔のことみたい。児童館での時間、すごく濃くて」
陽翔は横に立ちながら、そっと鞄を持ち直した。
「うん。まだ今日一日しか経ってないのに、いろんなことあったよな」
ふたりの足音が、芝生の小道に柔らかく響く。
「ね、陽翔くん。今日のあの子……絵本のページ、気に入ってくれたんだと思う。目が、すごく嬉しそうだった」
「うん、由愛の声、すごく優しかった。ああいう風に話せるのって、きっと才能だよ」
由愛はふと足を止め、照れくさそうに笑った。
「そんなの、まだまだ……。でも、ありがとう」
春の風がそっと吹き抜け、ふたりの髪を揺らす。
キャンパスの中央にある池のほとりまで来ると、陽翔は足を止めた。
「少しだけ、座ってく?」
「うん」
木のベンチに並んで腰を下ろす。池には数羽のカモが浮かび、夕焼けが水面に映っていた。時間がゆっくりと流れているようだった。
沈黙は、気まずくなかった。むしろ、心地よかった。
「……ね、由愛」
「ん?」
「大学でも、こうやってまた一緒に何か始められて……ちょっと、嬉しい」
由愛は隣を見つめた。その瞳に映る夕陽は、どこか柔らかく揺れていた。
「私も。……高校のときとは違うけど、なんか今の方が……うん、好きかも。こういう時間」
言葉は少なかったけれど、その間に流れる“想い”は確かに重なっていた。
──新しい環境、新しい人たち、そして新しい日常。
だけど、こうして隣に“変わらない存在”がいてくれることが、何より心強かった。
そろそろ夕食の時間。ふたりは静かに立ち上がり、それぞれの下宿先へと帰っていった。
池の水面は、彼らがいなくなったあとも、オレンジ色の光をたたえて、静かに揺れていた。




