青嶺大学編・第4話「はじめての“まなざし”」
青嶺大学編・第4話「はじめての“まなざし”」
翌週の水曜日、午後。
柔らかな春の光が射し込む、小さな児童館のプレイルーム。
カラフルなマットの上には、元気な声と笑い声が響いていた。
「クローバー」のサークル活動に同行することになった陽翔と由愛は、少し緊張しながらも、室内の空気を感じていた。
「じゃあ、今日は読み聞かせのサポートと、後半は自由遊びね」
宮田先輩が笑顔でそう言うと、周囲の先輩たちは自然に子どもたちの中へと溶け込んでいった。
由愛は、少しずつ歩みを進め、ぬいぐるみを抱えていた女の子にそっと話しかけた。
「あのね、くまさん、お名前あるの?」
女の子が恥ずかしそうに頷くと、由愛も膝をついて目線を合わせる。
まるで、小さな光をすくい上げるような、優しい表情だった。
陽翔は、その姿を少し離れた場所から見ていた。
声をかけるタイミングを探していた彼の肩を、ふいに軽く叩く手があった。
「緊張してる?」
中原先輩だった。
優しい笑みを浮かべながら、陽翔に紙芝居のセットを手渡してくれる。
「子どもたちは、君が“何を話すか”より、“どんな顔で話してるか”を見てるよ」
その言葉に、陽翔はゆっくりと息を吸い込んだ。
──子どもたちの前に立ち、ゆっくりとページをめくる。
声のトーンに迷いながらも、一人の男の子が真剣にこちらを見てくれているのが分かった。
(あ……ちゃんと、聞いてくれてる)
目が合った。その一瞬に、陽翔の中で“緊張”が“責任”に変わっていくのを感じた。
やがて自由遊びの時間。
由愛はブロック遊びに夢中な子どもたちと、輪の中で笑いながら遊んでいた。
陽翔もボール遊びに加わり、最初は戸惑っていたが、気づけば一緒に笑っていた。
活動が終わり、帰り道。
「……ねえ、陽翔くん」
児童館の門を出たところで、由愛がぽつりと口を開いた。
「すごく緊張したけど……楽しかった。なんか、自分の声がちゃんと届くって、こんなに嬉しいんだなって思った」
彼女の横顔は、どこか誇らしげで、少しだけ頬が赤かった。
陽翔も、笑みを返す。
「うん……俺も、そう思った。最初は怖かったけど……また来たいって思った」
ふたりの歩幅が、自然と揃っていく。
──大学という新しい世界。
その中で見つけた、小さな手と、小さな心のぬくもり。
そして、自分の声で誰かに届いたという確かな手ごたえ。
その日、ふたりの心に灯ったのは、未来に繋がる光だった。