青嶺大学編・第2話 「再会は、焼きたてパンケーキの香りと共に」
青嶺大学編・第2話 「再会は、焼きたてパンケーキの香りと共に」
午前の講義が終わり、初めての大学の昼休み。
由愛は教室を出ると、手にしていたスケジュール表を見て、ひとつため息をついた。
「意外と、時間ぎりぎりだね……」
知花と笑花はそれぞれ他の予定があるようで、先に行ってしまった。
由愛はひとり、学食のある学生ホールへと歩き出す。
外に出ると、春の風がそっと頬をなでていった。
どこかから、ほんのり甘い匂いが漂ってくる。
(……あ、これが“あれ”か)
由愛は小さく頬を緩めた。オリエンテーションで聞いた、学食名物「焼きたてパンケーキ」の匂いだ。
キャンパスの芝生広場では、数人の学生がシートを敷いてランチを楽しんでいた。
開放的なこの空気に、少しだけ心が和む。けれど、どこか心細さも混じっていた。
学食の入り口に着いたとき、ふと聞き慣れた声が耳に届いた。
「……あれ、由愛?」
声のする方へ顔を向ける。
──そこには、陽翔がいた。
「陽翔くん……!」
思わず声が出た。
陽翔も、一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐに笑顔になる。
「ちょうどパンケーキ買おうとしてたとこ。偶然だな」
「……うん、すごい偶然」
お互いの顔を見ると、自然に微笑み合う。
朝からずっと感じていた小さな緊張が、ふっとほどけていくのを由愛は感じた。
「一緒に食べる?」と陽翔が言い、由愛は素直に頷いた。
二人で並びながら、学食のメニューを眺める。
陽翔が頼んだのは、とろとろオムライス。由愛は気になっていたパンケーキを選んだ。
「……大学、どう? 初日だけど」
席に着き、食事を前にして、陽翔がふと尋ねた。
「うん。少しずつ慣れそう。優しい子もいたし……知花ちゃんっていう子、保育士志望で」
「そっか。よかったな」
陽翔のその一言が、なぜか心にじんわり染みる。
「陽翔くんのほうは?」
「俺も、まあ……なんとかやれてる。中西ってやつ、話しやすくてさ。サッカーやってたらしくて、気が合いそうな感じ」
由愛は陽翔の顔を見つめながら、少しだけほっとする。
同じ場所で、違う毎日を過ごしているけれど、それでも。
──ちゃんと、繋がっている。
パンケーキを一口食べて、甘さに顔をほころばせながら、由愛はそっと言った。
「なんだかね……“大学生”って、まだ少し不思議な感じだね」
「だな。高校のときと、空気が違う」
そう言って笑う陽翔を見て、由愛は思う。
今日、こうして再会できてよかった。やっぱり、陽翔と一緒にここに来てよかった。
春の風が、ふたりの間をやわらかく撫でていった。




