168.約束の春へ
168.約束の春へ
受験を終えた日から、時間が少しずつ穏やかに流れ出す。
張り詰めていた緊張が緩んだ代わりに、ふとした瞬間に不安が顔を出す。
あの問題、もう少し丁寧に解けばよかったかもしれない。
あの記述の言い回し、間違ってなかっただろうか。
夜になると、そんな思考がぐるぐると頭の中を巡って眠れなくなる。
陽翔も由愛も、お互いに「大丈夫」と言い合いながら、それぞれの夜を越えていった。
連絡は毎日取り合っていた。
勉強の話から、最近見たドラマ、家で食べたごはんの話まで、なんでもない日常の断片を重ねるように。
けれどその裏側には、ひとつの問いがずっと横たわっていた。
──合格できるだろうか。
──一緒に、春を迎えられるだろうか。
そして、合格発表の日がやってきた。
三月上旬の朝。
前夜に降った雨の名残で、道路は少し濡れている。
それでも空は晴れ渡り、まだ少し肌寒い空気の中に、かすかな春の匂いが混じっていた。
陽翔は、スマホを握りしめながら部屋の中を歩き回っていた。
発表は午前十時。
あと五分。けれど、その五分がとてつもなく長く感じる。
机の上には、由愛からもらった合格祈願の小さなお守り。
白地に金の糸で刺繍された桜の花が、光を受けて優しくきらめいていた。
「……よし、行くか」
深呼吸をひとつして、陽翔はスマホを開く。
大学の合否確認ページ。受験番号と、生年月日を打ち込む。
送信ボタンを押す指が、ほんの少し震えた。
画面が読み込まれる。
数秒後、表示された文字。
──合格おめでとうございます。
しばらく、その画面をただ見つめていた。
喜びよりも先に、安堵が胸に広がる。
「……受かった。俺……受かったんだ」
その瞬間、涙がじんわりとにじんできた。
由愛に、真っ先に伝えなきゃ。
スマホを握り直し、LINEを開く。
その瞬間、通知がひとつ届いた。
【由愛より:陽翔くん!! 受かった……私、合格したよ……!!】
陽翔は声を上げて笑った。
嬉しくて、胸がいっぱいになって、何から返事すればいいか分からない。
それでも、震える指で文字を打ち込んだ。
【陽翔より:俺も!! 俺も合格した!!】
送信ボタンを押した直後、スマホが震えた。
由愛からの着信だった。
「……もしもし!」
『……陽翔くん、ほんとに? ほんとに……?』
電話越しに、泣きそうな声が聞こえる。
笑っているのか、泣いているのか、由愛の声は震えていた。
「ほんとに。俺も、合格した。……一緒に、春を迎えられるよ」
その言葉に、由愛はしばらく言葉を詰まらせた後、ぽつりと囁いた。
『……ありがとう。陽翔くんと一緒に頑張ってきて、ほんとによかった』
電話の向こう、柔らかな涙の音が、春の訪れを告げていた。
窓の外では、朝の光を浴びて梅の花がそっと咲いていた。
それはまるで、ふたりの門出を祝うように、静かに、そして誇らしげに。




