表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおはる  作者: 米糠
168/250

167.凛とした朝に

 167.凛とした朝に



 受験当日の朝。

 陽翔は、まだ薄暗い部屋の中で、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。


 窓の外は、まだ夜が少し残っているような灰色の空。

 布団の中の温もりが名残惜しかったが、ゆっくりと体を起こす。


 部屋の隅、机の上には、使い込んだ赤本と、シャーペンと消しゴム。

 そして──由愛がくれた、小さな栞が挟まれたノート。


 「よし……行こう」


 ひとりごとのように呟いて、陽翔は制服の襟を正した。

 冷たい水で顔を洗うと、体の芯に一本、すっと芯が通るような気がした。


 母が静かに用意してくれた朝食は、あたたかい味噌汁と焼き鮭。

 「無理して食べなくていいよ」と言われたけど、ひと口、ふた口と、自然と箸が進んだ。


 出発の時、玄関で父と母に見送られ、陽翔は深く頭を下げた。


 「……行ってきます」


 玄関の扉を開けると、冬の朝の空気が、ぴんと肌を刺すようだった。

 でも、それがかえって頭を冴えさせてくれるようで、陽翔は駅へと足を踏み出した。


 


 一方その頃──


 由愛もまた、同じように家を出ていた。


 白いマフラーに顔を埋め、手袋越しにスマホを握りしめていた。

 朝早くのホームには、同じように緊張を抱えた受験生たちが並んでいた。


 電車が来るまでの数分間が、妙に長く感じる。


 そんなとき、ポケットに入れていたスマホが震えた。


 【陽翔くんより:今、電車待ってる。由愛も気をつけてな。】

 【由愛より:ありがとう。陽翔くんも、絶対大丈夫だよ。頑張ってね。】


 ほんの数行のやり取りだけど、心が少しあたたかくなる。


 電車のドアが開き、ゆっくりと乗り込む。

 席には座らず、立ったまま窓の外を見る。


 目を閉じると、これまでのことが次々に浮かんでくる。

 放課後に一緒に残って勉強した日々。

 ときに不安で涙ぐんだ自分に、陽翔がかけてくれた言葉。

 そっと差し出された手のぬくもり。


 ──一緒に、同じ未来を目指したい。

 その気持ちだけは、ずっと変わらなかった。


 試験会場に近づくにつれ、ざわざわとした緊張が押し寄せてくる。

 でも、由愛は深く息を吸って、吐いた。


 「大丈夫。わたしは、ちゃんとここまで来られた」


 駅からの道、陽翔もまた別の会場へと向かいながら、まったく同じ言葉を心の中で呟いていた。


 そして──


 それぞれの試験会場に入る直前、ふたりは偶然、同じ時刻に空を見上げた。

 冬の空は澄んでいて、雲ひとつない真っ青なキャンバスのようだった。


 きっと、どこかで同じ空を見ている。

 それだけで、少しだけ、心が軽くなる。


 季節の扉が、静かに開こうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ