166.静かな決意
166.静かな決意
十二月のはじめ、街はもうすっかり冬の装いを纏っていた。
夕方五時を過ぎる頃には、空は藍色に染まり、吐く息は白く煙る。
教室では暖房の音と、シャーペンの走る音だけが響いていた。
陽翔は最後の授業が終わったあとも、そのまま自分の席に残っていた。
窓の外には、校庭のすみに飾られたクリスマスツリーのイルミネーションが点り始めていた。
──あと、ひと月。
推薦もAOも受けずに、一般一本で挑む。
現実は甘くないけれど、それでもやると決めたのは、自分だった。
机の中には、由愛が以前くれた栞がしまってある。
水彩で描かれた四葉のクローバーと、小さなメッセージ。
「いつか一緒に先生になろうね」
その言葉が、今の陽翔を支えていた。
その夜、ふたりは駅前のカフェで待ち合わせていた。
お互いの勉強が終わったあと、ほんの短い時間だけど、顔を合わせるのが日課になっている。
「はい、これ。チョコ入ってる。糖分補給」
由愛は小さな袋を差し出してきた。
手作りかと思ったけど、コンビニで見かけたやつだった。
「……あ、ありがと。なんか今、本命っぽい空気出た気がした」
「ばっ……ち、違うよ!? ただの栄養補給だし!」
そう言って赤くなる彼女を見て、陽翔は思わず笑ってしまった。
「でもさ、こうしてちょっとでも話せると、元気出る」
「私も。……たぶん、それだけで頑張れるんだと思う」
ふたりの間に流れる空気が、少しだけやわらぐ。
追い込みの季節。どんな言葉よりも、ただ一緒にいられることが、何よりの支えだった。
由愛はカップを両手で包みながら、ぽつりとつぶやいた。
「ねえ……来年の今頃、どうしてると思う?」
「うーん……大学で、冬の教育実習の準備とかしてるかな」
「……それ、ちょっと楽しそうだね」
「でしょ? 一緒にやろうよ、実習。あの頃のこと、思い出しながら」
「うん。……そうなれたらいいな」
その未来を現実にするために。
この冬を、乗り越えなきゃいけない。
そうしてふたりは、並んで夜の道を歩いた。
星がひとつ、ビルの隙間に光っていた。




