165.秋風の約束
165.秋風の約束
十月の終わり。
通学路のイチョウ並木が、ほんのりと黄色く色づき始めていた。
陽翔は、学校帰りにひとりで図書館の学習室に向かっていた。
自習机には参考書が山積みで、窓の外から差し込む陽の光も、すっかり柔らかくなっている。
模試の結果は、芳しくなかった。
第一志望の判定はD。志望理由書も、担任から「もう一歩」と添削を受けた。
だけど──それでも、諦めたくなかった。
(由愛と、同じ未来に行きたい)
単なる「同じ大学」じゃない。
一緒に学んで、一緒に悩んで、同じように子どもたちと向き合う大人になりたい。
そんな風に思えるのは、隣に彼女がいたからだった。
その夜。
陽翔は、駅前のベンチで由愛と待ち合わせていた。
「遅くなってごめんね」
由愛はマフラーをきゅっと巻き直して、小走りでやってきた。
「ううん、大丈夫。……寒くなったな」
ベンチに並んで座ると、ふたりの間に、ほんの少し白い息が揺れた。
「最近、どう?」
陽翔の問いに、由愛は少しだけ考えてから、答えた。
「……勉強は、順調かな。でも、順調すぎて、逆に怖くなる時がある」
「怖くなる?」
「うん。受かるかもしれない、って思えば思うほど。もし、陽翔くんが……一緒に行けなかったら、って。推薦もらってもいいのかなって」
陽翔は言葉を失った。
そんな風に、思ってくれていたんだ。
ただ先に進んでいるだけじゃなく、ちゃんと振り返って、手を伸ばしてくれていたんだ。
ふいに、陽翔は手を伸ばした。
「行くよ、俺も。……絶対、追いつく。由愛と同じ場所で、肩を並べていたいから」
由愛は、小さく微笑んだ。
「……うん。待ってるから」
強くは言わない。プレッシャーをかけるようなことも、しない。
でもその「うん」のひと言には、静かな信頼が込められていた。
風が吹き、ベンチの横を赤い葉がさらさらと舞っていく。
夜の気配が街を包み込む頃、ふたりは手をつないで歩き出した。
秋の空の下、少しずつ確かな覚悟を胸に、それぞれの未来に向かって歩を進めていく。




