表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおはる  作者: 米糠
164/250

163.ふたりの、夏の途中

163.ふたりの、夏の途中



 再会から数日が経った午後。陽翔と由愛は、駅前の商店街を並んで歩いていた。


 蝉の鳴き声が響く空の下、じりじりと照りつける日差しに、アスファルトが白く眩しく光る。それでもふたりの足取りは軽く、時折肩が触れそうな距離が、妙に落ち着く。


「ここのかき氷、かなり有名なんだって。毎年夏は行列らしいよ」


 陽翔が指さす先には、すでに数人の人が店の前で並んでいた。


「大丈夫。並ぶの、平気だよ。……一緒なら、だけど」


 由愛が小さく笑ってそう言うと、陽翔はふと、その頬を指でつついた。


「強くなったな、由愛」


「えっ……?」


「前だったら、暑いの無理~って文句言ってたのに」


「ちょっ、それは……! あの頃は、陽翔くんが優しすぎたのが悪いのっ」


 むきになって言い返す由愛が可愛くて、陽翔は声を上げて笑った。

 そんなやり取りすら、どこか懐かしい。


 列に並びながら、由愛はぽつりと話を切り出した。


「……ねえ、陽翔くん。最近ね、将来のこと、ちょっとずつだけど現実的に考えられるようになってきたの」


「うん」


「音楽は、やっぱり難しい世界だって分かってきた。でもそれ以上に……向いてないのかもって思ったの。表現することより、誰かを支えるほうが、自分には自然なのかも」


 由愛は前を見つめたまま、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「図書館でたまたま読んだ本に、“人に寄り添う力がある人は、自分よりも他人の気持ちを優先してしまうタイプ”って書いてあって……あ、それ、私のことかもって思った」


 陽翔は頷いた。


「すごく、分かる。俺も、由愛に何度もそうやって救われたし」


「……ありがとう」


 そう言って、由愛はほんの少し照れたように目をそらす。


「それでね、最近は教育とか福祉とか、そういう方向に惹かれてて。子どもに関わる仕事も、すごく素敵だなって思うようになってきたの」


「……いいと思う。きっと、すごく向いてるよ。俺、応援する」


 陽翔のその一言に、由愛はふわりと柔らかな笑顔を浮かべた。


 やがて順番が来て、ふたりは並んでかき氷を食べる。

 陽翔はレモン、由愛はイチゴミルク。ひとくち交換して、「やっぱそっちの方が当たりだったかも」と笑い合う。


 日常の中の、小さな幸せ。

 この何気ない時間が、ずっと続けばいいのに──ふたりとも、そんな風に思っていた。


 しかし帰り道、駅前の掲示板に貼られた一枚のポスターがふたりの目を引いた。


《進路相談会開催のお知らせ》


 色とりどりの大学名が並ぶ中、陽翔がインターンで訪れた教育系の大学も含まれていた。


「……そろそろ、本格的に動く時期なんだね」


 由愛の声が、少しだけ緊張を帯びていた。


「うん。……なんか、実感湧いてきた」


 駅の向こうに沈みかけた太陽が、街並みを橙色に染めていく。


 進む季節。変わっていく日々。

 その中で、ふたりは同じ方向を見ていると、信じたかった。


「ねえ、陽翔くん」


 由愛が立ち止まり、陽翔の手を取る。


「……一緒に、目指そうよ。あの大学。教育学部」


 静かだけど、まっすぐな言葉だった。


「……うん。俺も、そう思ってた。由愛と一緒なら、頑張れる気がする」


 指先が重なり、そっと握られる。

 小さな手の中に、未来への決意が込められていた。


 そしてふたりは、同じ夢に向かって、再び歩き出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ