163.ふたりの、夏の途中
163.ふたりの、夏の途中
再会から数日が経った午後。陽翔と由愛は、駅前の商店街を並んで歩いていた。
蝉の鳴き声が響く空の下、じりじりと照りつける日差しに、アスファルトが白く眩しく光る。それでもふたりの足取りは軽く、時折肩が触れそうな距離が、妙に落ち着く。
「ここのかき氷、かなり有名なんだって。毎年夏は行列らしいよ」
陽翔が指さす先には、すでに数人の人が店の前で並んでいた。
「大丈夫。並ぶの、平気だよ。……一緒なら、だけど」
由愛が小さく笑ってそう言うと、陽翔はふと、その頬を指でつついた。
「強くなったな、由愛」
「えっ……?」
「前だったら、暑いの無理~って文句言ってたのに」
「ちょっ、それは……! あの頃は、陽翔くんが優しすぎたのが悪いのっ」
むきになって言い返す由愛が可愛くて、陽翔は声を上げて笑った。
そんなやり取りすら、どこか懐かしい。
列に並びながら、由愛はぽつりと話を切り出した。
「……ねえ、陽翔くん。最近ね、将来のこと、ちょっとずつだけど現実的に考えられるようになってきたの」
「うん」
「音楽は、やっぱり難しい世界だって分かってきた。でもそれ以上に……向いてないのかもって思ったの。表現することより、誰かを支えるほうが、自分には自然なのかも」
由愛は前を見つめたまま、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「図書館でたまたま読んだ本に、“人に寄り添う力がある人は、自分よりも他人の気持ちを優先してしまうタイプ”って書いてあって……あ、それ、私のことかもって思った」
陽翔は頷いた。
「すごく、分かる。俺も、由愛に何度もそうやって救われたし」
「……ありがとう」
そう言って、由愛はほんの少し照れたように目をそらす。
「それでね、最近は教育とか福祉とか、そういう方向に惹かれてて。子どもに関わる仕事も、すごく素敵だなって思うようになってきたの」
「……いいと思う。きっと、すごく向いてるよ。俺、応援する」
陽翔のその一言に、由愛はふわりと柔らかな笑顔を浮かべた。
やがて順番が来て、ふたりは並んでかき氷を食べる。
陽翔はレモン、由愛はイチゴミルク。ひとくち交換して、「やっぱそっちの方が当たりだったかも」と笑い合う。
日常の中の、小さな幸せ。
この何気ない時間が、ずっと続けばいいのに──ふたりとも、そんな風に思っていた。
しかし帰り道、駅前の掲示板に貼られた一枚のポスターがふたりの目を引いた。
《進路相談会開催のお知らせ》
色とりどりの大学名が並ぶ中、陽翔がインターンで訪れた教育系の大学も含まれていた。
「……そろそろ、本格的に動く時期なんだね」
由愛の声が、少しだけ緊張を帯びていた。
「うん。……なんか、実感湧いてきた」
駅の向こうに沈みかけた太陽が、街並みを橙色に染めていく。
進む季節。変わっていく日々。
その中で、ふたりは同じ方向を見ていると、信じたかった。
「ねえ、陽翔くん」
由愛が立ち止まり、陽翔の手を取る。
「……一緒に、目指そうよ。あの大学。教育学部」
静かだけど、まっすぐな言葉だった。
「……うん。俺も、そう思ってた。由愛と一緒なら、頑張れる気がする」
指先が重なり、そっと握られる。
小さな手の中に、未来への決意が込められていた。
そしてふたりは、同じ夢に向かって、再び歩き出す。




