160.夏、選ぶ心
160.夏、選ぶ心
夏祭りの夜。
境内の石畳には浴衣姿の人々が行き交い、屋台から漂う甘い綿あめや焼きそばの香りが、夜風に混じって漂っていた。提灯の灯りが、夜空の下をやわらかく照らし、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
陽翔と由愛は、境内の外れにある静かなベンチに腰かけていた。屋台で買った冷たいラムネを手に、それぞれの浴衣が肩越しに触れ合う。
「見て、あそこ……奏音ちゃんじゃない?」
由愛の視線の先、小さな橋のたもとに、奏音の後ろ姿があった。淡い藤色の浴衣に、揺れる金魚柄。彼女はひとり、川面をじっと見つめていた。
「……誰か、来るのかな」
そう陽翔が呟いた瞬間、提灯の明かりの向こうから、二人の少年が現れた。
ひとりは、背が高くて落ち着いた雰囲気の――蓮。もうひとりは、快活な笑みを浮かべた――颯真。ふたりは奏音の幼なじみで、そして――彼女にとって、どちらも大切な存在だった。
陽翔と由愛は声をかけず、そのまま静かに見守ることにした。
⸻
「……来てくれて、ありがとう」
奏音の小さな声に、ふたりは軽く頷く。
「俺たち、来るって分かってたろ?」と颯真が笑う。
蓮は無言で横に立ち、奏音と同じように川を見下ろした。
「ねえ、ふたりとも。私、ずっと答え出せなくてごめんね。でも……今日だけは、ちゃんと自分の気持ちを伝えたい」
提灯の灯りが彼女の頬を染め、声が微かに震える。
「どっちかだけを選ぶなんて、できないって思ってた。怖かったの。選んだら、もうひとりを失うかもしれないって……でも、ずっと悩んで、今日、やっと分かったの」
息を吸い込んで、絞り出すように続けた。
「私……蓮のことが、好き。ずっと前から。たぶん気づいてた。でも、それを言ったら、颯真と蓮の関係が壊れちゃうって……それが怖かったの」
その言葉に、しばらく沈黙が落ちた。
やがて、颯真がふっと笑う。
「バーカ、俺たちそんなヤワな関係じゃないよ。な?」
蓮も、ゆっくりと頷いた。
「……奏音が選んだこと、俺は嬉しい。ありがとう。ちゃんと気持ち、伝えてくれて」
奏音の目に、涙が溢れた。
「ほんとに……ほんとにごめんね、颯真」
「俺も、奏音のこと好きだったよ。でも、だからこそ……ちゃんと笑っててほしい。ずっと」
提灯の明かりが揺れ、風鈴の音が響いた。
⸻
少し離れた場所からその様子を見ていた由愛は、そっと陽翔の手を握った。
「……大人だね、みんな」
「うん。でも、俺たちも――ちょっとずつ、そうなっていけるのかも」
ふたりは顔を見合わせて、微笑み合った。
この夏も、またひとつの想いが、未来へ向かって進み出した。




