156.揺れる距離、揺るがない想い
156.揺れる距離、揺るがない想い
陽翔と由愛が並んで校門を出たとき、空はすっかり夕焼けに染まり始めていた。学校の周囲を囲む並木道には、蝉の初鳴きが混ざりはじめ、風が吹くたびに葉がかすかに揺れる。
由愛はいつものように笑っていた。けれど、陽翔にはわかった。その笑みの奥に、どこか張り詰めた空気があることを。
「さっきの、長谷川さん……進路のこと、結構迷ってるみたいだったんだな」
陽翔が口を開くと、由愛は小さくうなずいた。
「うん、なんとなく分かる。……私も、そんなに明確な夢があるわけじゃないから」
その声には責める気配はない。ただ少しだけ、言葉を選ぶような静けさがあった。
陽翔は由愛の歩幅に合わせながら、ポケットの中で手を握る。
「でも、ちょっと心配だった。……由愛、さっき、教室に来たとき」
由愛は立ち止まり、ふっと目を伏せた。
「……見てたんだ。話してるの」
「うん。別に、やましいことは何もないんだけど……由愛の顔が、ちょっとだけ、いつもと違って見えた」
「……違った?」
陽翔は少しだけ微笑んで、彼女の手をそっと握った。
「不安にさせたならごめん。でもね、俺が好きなのは、ずっと前から、今もこれからも――由愛だけだから」
その一言に、由愛の目に少しだけ涙が浮かんだ。でもそれは、悲しさではなく、安心のにじむ涙だった。
「……うん、分かってる。ありがとう」
互いの手のぬくもりを確かめ合うように、しばらく無言で歩いた。蝉の声が少しずつ大きくなり、夏の輪郭を強くしていく。
***
一方そのころ、校舎裏のベンチに腰掛けていた奏音は、カバンの中から小さな写真を取り出して見つめていた。幼馴染のふたり――伊織と蓮司。
保育園のころからずっと一緒で、何でも話せて、ふざけ合えて、真剣なときも寄り添えた大切な存在。けれどそのふたりから、同じ時期に「好きだ」と告げられた。
(……どうして、よりによって、私なんだろう)
写真の中で、無邪気に笑う3人の姿。あのころには戻れないと分かっていても、心のどこかで、まだ選ぶことができずにいた。
そして、今日――陽翔に話しかけたのも、進路の相談という名目の下で、自分の迷いを誰かにぶつけたかったのかもしれない。由愛の目が、一瞬だけ曇ったことにも気づいていた。
「私……何やってるんだろう」
ぽつりとこぼれた声が、夏の風に溶けていく。空は青から深い群青へと色を変えはじめていた。




