153.春、新しい教室で
153.春、新しい教室で
四月。新学期の朝、校門の前には桜が満開に咲き誇り、生徒たちの笑い声とざわめきが響いていた。
陽翔は新しいクラスの発表を見上げながら、少し緊張した面持ちで立っていた。
「……2年A組、藤崎陽翔」
名簿に自分の名前を見つけた瞬間、少しだけ肩の力が抜ける。その横で、同じく名簿を見ていた由愛が、小さく声を上げた。
「わ……私、2年C組だ」
陽翔と目が合う。その瞳の奥に、寂しさと微かな覚悟が見えた。
「そっか……また別のクラスか」
「うん……でも、大丈夫だよ。前にも、そうだったし」
そう言って微笑む由愛に、陽翔も頷いた。
「そうだな。また、昼休みにでも屋上で会おう」
「……うん。毎日じゃなくてもいいから、たまにでも」
ふたりは自然と、春の風の中で指先をそっと重ねた。ほんの一瞬のふれあいが、言葉以上の約束を交わしていた。
そして、陽翔は自分のクラスへと歩き出す。
教室の扉を開けると、新しいクラスメイトたちの声が飛び交っていた。懐かしい顔、新しい顔。中には一部の男子が由愛のことを話題にしているのが耳に入って、思わず苦笑いする。
「藤崎〜! 一緒のクラスだな!」
声をかけてきたのは、去年からの友人・佐伯だった。
「おう、よろしく」
「そういえばさ、例の“歌姫”とまだ付き合ってるの?」
「……ああ。今も、大事な人だよ」
迷いなく答える陽翔に、佐伯は「マジか〜」と茶化しながら笑ったが、それ以上何も言わなかった。
席に着き、教室の窓から外を見やると、遠くに由愛が自分のクラスへ向かって歩いていく姿が見えた。桜の花びらが彼女の後ろで舞い、光の中に溶けていくようだった。
(また、ここからだ)
新しい季節、新しい場所。でも、想いは変わらない。
昼休み。2年A組の教室には、明るく賑やかな声が響いていた。
陽翔は教科書の間にノートを挟んで片づけると、そっと席を立った。
「また、屋上?」
隣の席に座る佐伯が声をかけてくる。
「まぁ、そんなとこ」
からかうような笑みに、陽翔は苦笑いを返しながら教室を出た。
階段を上がるたびに、自然と歩調が早まる。今日も、あの場所に彼女が来てくれているだろうか。そんな小さな期待と、不安が胸をくすぐる。
屋上の扉を開けた瞬間、春の風とともに、見慣れた後ろ姿が視界に飛び込んできた。
「……由愛」
声をかけると、由愛はふっと振り返り、ふわりと笑った。
「今日も来てくれて、嬉しい」
「俺も。……なんか、ここに来るとほっとする」
ふたりはフェンス際のベンチに腰掛け、いつものように他愛ない会話を交わす。
でも、どこかぎこちない。クラスが違うというだけで、こんなにもお互いの“知らない部分”が増えていくのだと、改めて気づかされた気がした。
「新しいクラス、どう?」
「うん……楽しいけど、やっぱりちょっと寂しい。陽翔くんがいないってだけで、全然違う」
「……俺も、似たようなもんだよ」
風が、ふたりの言葉をそっとさらっていく。
「でも、ちゃんと会えてるし……大丈夫、だよね」
「もちろん。こうして話せるだけで、すごく安心するから」
その言葉に、由愛は微笑み、頷いた。
だけど——
(同じクラスだったときより、ほんの少しだけ、彼の隣が遠く感じる)
(彼女のこと、もっと知りたいって思う。でも、それができない時間も増えてる)
お互いの胸に、ほんの少しの“不安”が芽吹いていた。
それでも、それを口にすることはしなかった。今はただ、こうして会えた時間を大切にしたかったから。
「……午後もがんばろっか」
「うん。あとで、またLINEする」
そう言って、ふたりは静かに立ち上がった。
新しい季節の中で、すこしずつ変わっていく日常と関係。その中でも揺るがないものを、ふたりは確かめるように歩き出した。




