150.拍手の余韻のなかで
150.拍手の余韻のなかで
発表会が終わり、ホールの外は夕暮れ色に染まり始めていた。
陽翔はロビーで少し待ったあと、会場の裏手にある出口のあたりへと足を運ぶ。スタッフや出演者たちが談笑する中、少し離れた場所でひとり、コートを羽織って出てくる姿を見つけた。
「……由愛」
陽翔の声に、由愛は小さく振り向いた。
舞台上の緊張が抜けたのか、ふっと力の抜けた笑みが浮かぶ。
「来てくれて、ありがとう。ちゃんと……聴こえた?」
「うん。すごく、よかった。由愛の音、ちゃんと届いたよ。……心に、すごく」
その言葉に、由愛の頬がわずかに紅く染まる。
「よかった……途中、ちょっと手が震えちゃって……でも、陽翔くんがいるって思ったら、落ち着いてきたの。すごいね、自分でもびっくりしちゃった」
陽翔は微笑みながら、言葉を選ぶように答えた。
「……俺ね、今日の由愛を見てて思った。由愛って、ちゃんと“夢”に向かって進んでるんだなって。俺も、見つけなきゃって思った。……自分の進む道を」
由愛は少し目を見開き、でもすぐに、静かに頷いた。
「うん。私も、まだまだだけど。でもね、夢って、目指すだけでも意味があるんだって、最近思うの。たとえ届かなくても、そこに向かっている自分は、きっと……好きでいられるから」
沈みゆく夕陽が、ふたりの影を長く伸ばす。
肌寒さのなかで、ふと由愛が手を伸ばす。陽翔の制服の袖を、そっとつまむように掴んで言った。
「ねえ、帰り……ちょっとだけ、歩かない?」
「うん」
言葉少なに歩きながら、ふたりの心にはまだピアノの余韻が静かに残っていた。
言葉じゃ言い尽くせない想いが、寄り添う静けさの中に確かにあった。




