14.隣の席と微妙な距離感
14.隣の席と微妙な距離感
電車の中、陽翔と由愛は並んで立っていた。
朝のラッシュほどではないが、車内はそれなりに混雑している。
吊革を掴みながら、陽翔は意識しないように努めていた。
——隣に由愛がいることを。
けれど、どうしても気になってしまう。
(昨日までは普通だったのに……)
一度、意識してしまうと、もう元には戻れない。
近くにいるだけで妙に緊張するし、ちょっと腕が触れただけでも心臓が跳ねそうになる。
何より、彼女が今どんな表情をしているのかが気になって仕方がない。
(……ちらっとだけ)
そう思って横目で見ようとした瞬間——。
「……?」
由愛と目が合った。
「なに?」
「い、いや、別に!」
陽翔は慌てて視線を逸らした。
すると、由愛はクスッと笑って小さく首を傾げる。
「……もしかして、意識してる?」
「は!? してねえし!」
「ふーん」
(やばい、完全に見透かされてる……!)
このままではペースを握られる——そう思った陽翔は、話題を変えようとした。
「そ、そういえばさ、昨日の部活の話だけど」
「うん?」
「橘は結局どうするんだ?」
「んー……まだ悩み中かな」
「運動部とか、向いてそうだけどな」
「またそれ? なんでそんなに運動部推しなの?」
「いや、昨日も言ったけど、橘って背も高いし、運動神経も良さそうだし……」
「……そっか」
由愛は、少し考えるような素振りを見せたあと、ぽつりと呟いた。
「じゃあ、藤崎くんが入るなら、考えてもいいよ?」
「え?」
「一緒なら、運動部でもいいかも」
「……っ!?」
まさかの発言に、陽翔は思わず言葉を失う。
——一緒なら、考えてもいい?
これってつまり、俺と一緒なら、ということだよな?
「……冗談?」
「さあ? どうだろうね」
由愛は、どこか楽しげに微笑む。
「ま、期待しすぎるとがっかりしちゃうかもよ?」
「お、お前な……」
またしても彼女のペースに巻き込まれてしまう陽翔。
——けれど、その心の奥底では、少しだけ期待してしまっている自分がいた。
◇◆◇
学校に着き、教室に入ると、陽翔と由愛は自然と自分の席へ向かった。
席は隣同士。
昨日までは何とも思わなかったこの距離が、今は妙に近く感じる。
「おはよー、橘さん!」
「おはよう、由愛!」
クラスメイトの女子たちが由愛に話しかける。
「昨日さ、駅前で見かけたんだけど……もしかしてデート?」
「え?」
突然の言葉に、陽翔の動きがピタリと止まる。
(デ、デート!?)
由愛は少し驚いたように瞬きをした後、ふっと微笑んだ。
「デートっていうほどじゃないけどね」
「え、じゃあやっぱり藤崎くんといたの?」
「うん、一緒にカフェ行ってた」
あっさりと認めた由愛に、クラスの女子たちは「えーっ!」と騒ぎ出す。
「なになに、それってもうそういう関係?」
「違う違う、ただのクラスメイトだよ」
「でもさ、由愛が男の子と二人でカフェなんて珍しくない?」
「……そうかも」
由愛は、少しだけ視線を落としながら呟いた。
その言葉に、陽翔の胸がわずかに高鳴る。
(やっぱり、俺って特別……なのか?)
自分でも分からないまま、心臓の鼓動が速くなるのを感じていた——。




