148.それぞれの未来、ふたりの今
148.それぞれの未来、ふたりの今
三学期も終盤に差しかかり、教室には卒業を控えた三年生の話題や、クラス替えの噂が飛び交っていた。
陽翔は、放課後の教室に残って机に向かっていた。数日前に返された模試の結果を見返しながら、赤ペンで問題用紙に印をつけている。いつものように、真剣な表情だった。
「……ねえ、ちょっとだけいい?」
由愛の声がして、顔を上げると、彼女が静かに教室の扉の前に立っていた。
陽翔はノートを閉じ、椅子を引いた。
「うん、もちろん。どうしたの?」
「来週、ピアノの発表会があるの。学校とは関係ないけど……聴きに来てくれないかなって」
由愛の声には、どこか緊張が混じっていた。誘うというよりも、確かめるような眼差し。
「行くよ。……行かせてほしい」
そう答えた陽翔の言葉に、由愛の表情がふっと和らぐ。
「ありがとう。すごく、嬉しい」
手帳を開いて、日付と会場の名前を小さく書き込んでくれる陽翔を見ながら、由愛の胸の奥がじんわりとあたたかくなっていく。
(私も、もっと頑張ろう)
彼に見せたい姿がある。彼と並んで歩けるように、自分も変わっていきたい。
帰り道。校門を出て、春の風がふたりの間をやさしく吹き抜けた。
「陽翔くんは、将来のこと……まだ悩んでる?」
「うん、まあ……でも、ちょっとずつ見えてきた気がする」
夕陽に照らされた陽翔の横顔は、少しだけ大人びて見えた。
「誰かの役に立ちたいって気持ちは、ずっと変わってなくて。具体的にどんな形がいいのか、模索してる感じだけど」
その言葉を聞いて、由愛はふと口を開いた。
「……私、将来の夢を“音楽”って答えるの、ずっと怖かった。でも、今はちゃんとそう言いたい。……陽翔くんに、そう思わせてもらったから」
並んで歩くふたりの足音が、静かな通学路に響く。
まだはっきりとした未来の形は見えなくても、確かに、ふたりの歩幅はそろっていた。




