146.ゆっくりと、未来のかたちへ
146.ゆっくりと、未来のかたちへ
二月中旬。まだ吐く息は白いままだが、どこか春の気配がほんのりと感じられるようになってきた頃。
土曜日の午後、陽翔は図書館の静かな席にいた。参考書とノートを広げて、数学の問題に向き合っていたが、途中でふと手が止まる。
(……俺、本当に理系でいいのかな)
最近、担任との面談で将来の希望を聞かれたとき、自分でもうまく答えられなかった。
成績だけ見れば、理系に進むのが自然だ。けれど——
(このまま“得意だから”ってだけで選んで、後悔しないか?)
そんな迷いが、頭の隅にずっと引っかかっていた。
そのとき、スマホが震える。
由愛からのメッセージだった。
『陽翔くん、今どこ? 図書館で勉強中だったら、差し入れ持って行っていい?』
画面を見た瞬間、曇っていた思考がふっと軽くなる。
(……やっぱり、由愛がいるだけで、前向きになれる)
数十分後、入口から由愛がそっと現れる。手には、保温ボトルと小さな紙袋。
「はい、ココアとおやつ。……チョコクッキーは練習の残り」
「ありがと。助かる」
向かい合って、ほんの少し話すだけで、教室とはまた違う空気が流れる。
「……ねえ、陽翔くん」
「ん?」
「この前ね、音楽の先生に言われたの。“夢がなくても、今の自分が好きなものを大事にしてれば、ちゃんと道はできるよ”って」
由愛は、少しだけ照れたように笑いながら言った。
「私、まだ全然自信ないけど……でも、歌は続けたいなって思ってる」
その言葉は、陽翔の胸にまっすぐ届いた。
「……いい先生だね。それ、俺もメモっとく」
「ふふ、ダメだよ。ちゃんと自分の言葉にしなきゃ」
「じゃあ……俺も、自分の“好き”と向き合ってみるよ」
図書館の窓の外では、冬の光がゆっくりと傾いていた。
未来はまだぼんやりしていて、手探りのままだけれど——
ふたりで言葉を交わしながら、そのかたちを少しずつ描き始めていた。




