144.甘い記憶の味
144.甘い記憶の味
帰宅して自室に入ると、陽翔は制服のネクタイを緩めながら、鞄の中からそっと取り出した。
由愛からもらった、丁寧にラッピングされたチョコレートの箱。
ベッドの上に腰を下ろし、しばらく眺める。
紺とピンクのリボンの結び目は、今日の由愛の表情と重なって見えた。少しだけ緊張して、でも真っ直ぐに気持ちを伝えようとしてくれた瞳。
彼女らしい、控えめでまっすぐな優しさが、この箱の中にも詰まっている気がした。
慎重にリボンをほどき、包み紙をめくると、香ばしいカカオの香りがふわっと鼻をかすめた。
「……すごいな、これ」
箱の中には、手作りとは思えないほど綺麗に整えられたチョコレート。
ナッツやクランチがバランスよく乗ったもの、ハートの型に流し込まれたもの、コーティングにツヤを持たせたものまで、まるで小さなパティスリーのようだった。
一粒手に取って、ゆっくり口に運ぶ。
ビターチョコの深い味わいのあとに、ほのかにオレンジの風味が広がって、ナッツの歯応えがアクセントになる。
味のバランス、食感、香り——どれもが繊細で、そして優しい。
(本気で作ってくれたんだな……)
甘さよりも、胸がじんわりと熱くなっていく。
ふたりで過ごしてきた時間を思い返す。
春、新しいクラスで別れ別れになっても変わらなかった気持ち。
夏、手をつないで歩いた祭りの帰り道。
冬、進路の話をして、夢の輪郭を語り合った夜。
そのひとつひとつが、今このチョコの味と一緒に、確かに自分の中に積み重なっている。
スマホを手に取り、由愛のトーク画面を開く。
『めちゃくちゃ美味しかった。びっくりした。』
それだけじゃ足りない気がして、少し考えてから、続けて打つ。
『俺も、もっと頑張ろうって思った。由愛が隣にいてくれるから、前に進める。ありがとう。』
送信ボタンを押してから、陽翔はスマホを置き、もう一粒、チョコを口に運ぶ。
さっきよりも、ちょっとだけ甘く感じた。




