表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あおはる  作者: 米糠
144/250

143.バレンタイン、ふたりの距離

 143.バレンタイン、ふたりの距離



 二月十四日。放課後の空はまだどこか冬の気配を残していて、吐く息は白い。だけど、校舎のあちこちにただよう甘い香りと、ざわついた空気が、それが特別な日であることを物語っていた。


 由愛は、その日も変わらず自分のクラスで授業を終えた。けれど心の中は、午前中からずっと落ち着かないままだった。


(ちゃんと、渡せるかな……)


 鞄の奥に忍ばせた小さな箱の感触を、何度も確かめる。


 去年もチョコを渡した。でも、あのときとは違う。

 もう一年近く、隣にいてくれた彼。たくさん笑って、たくさん悩んで、ちゃんと手を取り合ってきた今だからこそ、渡したいチョコがあった。


 放課後。昇降口で靴を履き替えていた陽翔の姿を見つけて、由愛は少しだけ深呼吸してから声をかけた。


「……陽翔くん、ちょっとだけ時間いい?」


「うん、もちろん」


 陽翔は優しく笑って、由愛の歩調に合わせて並んで歩き出す。ふたりが向かったのは、校舎裏の小さなベンチがあるスペース。木々に囲まれていて、冬の光がこぼれる静かな場所。


 由愛は、手袋を外して鞄からチョコの箱を取り出す。


 そして、恥ずかしそうに、でもしっかりと彼を見て言った。


「これ……今年も、作ったの。受け取ってくれる?」


 小さな箱は、ピンクと紺のリボンが丁寧に結ばれた、可愛らしくも落ち着いた色合い。彼女の雰囲気そのままのようなラッピングだった。


 陽翔は少し驚いたように瞬きをして、それからそっと箱を受け取る。指先でリボンを撫でるように触れて、小さく笑った。


「由愛らしいね。すごく、丁寧に作ったのが伝わってくる」


「……うん。去年よりも、もっとちゃんとしたかったの。味も、見た目も、気持ちも」


 言葉が少し震えてしまったのは、寒さのせいだけじゃなかった。


 そんな由愛を見て、陽翔は少しだけ箱を持ち直しながら、ゆっくりと言った。


「ありがとう。……すごく嬉しい」


 まっすぐなその言葉に、由愛の頬がふっと赤く染まる。


「去年は、ちょっと照れながらだったでしょ。あのときも可愛かったけど……今は、もっと素敵だよ」


「な、なにそれ……!」


 由愛は小さく肩をすくめながら、思わず笑ってしまう。照れくさくて、でもどこか誇らしい気持ち。


 ふたりは並んで座り、まだ中身を開けようとしない陽翔の横顔を、由愛はそっと見つめた。


「……ねぇ、陽翔くんは、ちゃんと食べてくれる?」


「もちろん。帰ったらすぐに食べるよ。っていうか、本当は今ここで開けたいくらいだけど」


 由愛がくすっと笑った。


「それ、ちょっと緊張するから、家でゆっくり食べて?」


「うん、わかった。感想、ちゃんとLINEする」


 そう言って交わした約束は、どんな手紙よりもやさしくてあたたかい。


 バレンタインの空の下。寒さの中でほんの少しだけ近づいた距離と、交わされた想いが、ふたりの胸に静かに灯っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ