140. 手紙
140. 手紙
年末が近づくにつれ、街はイルミネーションやクリスマスの飾りで彩られ、学校でもどこか浮き足立った雰囲気が漂っていた。
終業式の日、校門を出た陽翔と由愛は、手をつなぎながら人の少ない帰り道を歩いていた。
「……もう一年、終わるんだね」
由愛がぽつりとつぶやいた。声にはどこか名残惜しさが混じっていた。
「なんか、早かったよな。一年」
「うん。でも、すごく濃かった。いろんなことあって、たくさん笑って、少しだけ泣いて……」
由愛は歩きながら、陽翔の顔をそっと見上げる。
「陽翔くんが隣にいてくれて、本当によかった」
「俺も。由愛がそばにいてくれたから、頑張れた気がする」
そう言いながら、陽翔はポケットから手紙を取り出した。薄い封筒に、小さなリボンが結ばれている。
「これ……クリスマスの前に渡したくて。ちょっと早いけど」
「え……」
由愛が驚きながら封筒を受け取る。
「中身はたいしたものじゃない。ただ、俺の“これから”をちゃんと伝えたくて。進路のこととか、想いとか。……読んでくれたら嬉しい」
由愛は少しだけ唇をかんで、それから優しく笑った。
「ありがとう。あとで、大切に読むね」
その笑顔が、白い吐息と一緒に夜空へ溶けていく。
それから数日後のクリスマス・イヴ。
陽翔と由愛は、街のイルミネーションが灯る駅前で待ち合わせをしていた。冷たい風が頬を撫でるなか、歩道の木々には白と金の電飾が飾られ、どこか魔法のような空気をまとう。
「ごめん、待った?」
駆け寄ってきた由愛は、ベージュのコートに白いマフラーを巻いていた。耳あて代わりの毛糸のヘアバンドが可愛らしくて、陽翔は思わず見とれてしまう。
「ううん。……似合ってる。すごく」
「え……う、うそ、ほんとに?」
顔を赤らめてモジモジするその姿に、陽翔の胸が温かくなる。
ふたりは商店街を抜け、予約していたカフェレストランへ向かう。小さな店内にはクリスマスソングが静かに流れ、キャンドルの灯りがテーブルを優しく照らしていた。
「こうやってちゃんと、クリスマスを誰かと過ごすの、初めてかも」
メニューを見ながらぽつりと由愛が言う。
「俺も。……でも、今年が最初でよかったって思ってる」
コース料理の前菜が運ばれ、温かなスープの香りにふたりの顔がほころぶ。特別なものはないけれど、目の前に大切な人がいるというだけで、心が満ちていくようだった。
食事のあと、ふたりは川沿いの道へと向かった。街灯に照らされた水面がきらきらと揺れ、遠くには観覧車がゆっくりと回っていた。
「……そういえば、手紙。読んだよ」
「そっか」
「すごく、陽翔くんらしかった。真っ直ぐで、ちょっと不器用で……でも、心がすごくあったかくなった」
そう言って、由愛は彼の手をそっと握る。
「進路のこと、私もまだ迷ってるけど……陽翔くんの隣で、少しずつ一緒に考えていきたいな」
「うん。俺も、由愛と一緒に歩いていけたら、それだけで……充分だよ」
風が吹いて、マフラーの端がふわりと舞う。
ふたりの距離が、自然と近づいた。
その夜の空は、雲ひとつない満天の星。見上げた瞬間、流れ星がひとつ、尾を引いて消えていった。
願いごとは言葉にしなかったけれど、ふたりの心は同じ想いを抱いていた。
(この幸せが、ずっと続きますように)
ーーー
冬休みに入って数日後の元旦、澄んだ冬の空気のなか、陽翔と由愛は地元の神社を訪れていた。
雪こそ降っていないものの、吐く息は白く、境内には着物姿の人々や家族連れの参拝客がちらほら。焚き火のまわりでは子供たちが手をかざし、大人たちは甘酒の湯気にほっと一息ついている。
陽翔は由愛の手をそっと握り、ふたり並んで参道を歩く。その手は、手袋越しでもやわらかくて、どこか心地よい温もりがあった。
「わあ……やっぱりお正月って感じするね」
「うん。なんか、空気まで特別に感じる」
鳥居をくぐり、少し列を待ったあと、ふたりは静かに鈴を鳴らし、賽銭を投げ入れ、頭を下げた。
閉じた瞳の奥で、陽翔の胸に浮かんでいたのは、自分自身への問いかけだった。
(来年、どんな一年になるんだろう。だけど――)
(少しずつでもいい。自分の道を見つけていきたい。由愛の隣にふさわしい自分になれるように)
一方、由愛の心にもまた、いくつもの想いが去来していた。
(来年も、陽翔くんと笑い合えますように。……私、もっと強くなりたい)
(誰かの言葉や噂に惑わされずに、自分の気持ちを信じていられるように)
カラン、と鈴の音が遠くで鳴った。
ふたりは目を開け、隣を見つめ合う。
参道のにぎわいの中、視線が交わり、自然と微笑みがこぼれた。
「……おみくじ、引いてみる?」
「うん、いいね」
そう言って向かった先の木の下には、おみくじを結ぶ白い紙が風に揺れていた。陽翔は中吉、由愛は小吉。笑い合いながら見せ合い、小さく願い事を口にするふたり。
帰り道、手はそのまま繋がれていた。
それは、お正月の静けさのなかで交わされた、何より確かな約束のようだった。




