139.雪の足音、心の温度
139.雪の足音、心の温度
季節は十二月。街中にはイルミネーションが灯り始め、クリスマスソングがどこかから聞こえてくる。
期末試験も終わり、ようやく落ち着いた週末。陽翔と由愛は、街の冬の風景の中をゆっくりと歩いていた。
手袋越しに、そっとつながれる手。
「寒いね」
「……でも、不思議と、手はあったかい」
由愛がふっと笑う。その笑顔に、陽翔も自然と頬がゆるんだ。
大学のオープンキャンパスや説明会の話題も、最近では会話の中に混じるようになった。けれど今は、それよりも大切な「今」がある。
二人が足を止めたのは、小さな公園のベンチだった。
夜の冷たい空気が辺りを包む中、空を見上げる。
「陽翔くんは……どんな冬が好き?」
ぽつりと、由愛が尋ねた。
「んー……雪が降る日。寒いけど、音が静かで、空気が澄んでて。なんか、全部リセットされる気がする」
「ふふ……わかるかも。私も、雪の日ってちょっとだけワクワクする」
ふたりの間に流れるのは、静かで優しい時間。
そしてふと、由愛が口を開いた。
「……ねえ。来年の今ごろ、私たち、どうしてると思う?」
「うーん……たぶん、似たような感じで歩いてると思うよ。今日みたいに、手つないで、寒いねって笑ってる」
「そっか……そうだといいな」
由愛は小さく笑い、そして少しだけ目を伏せた。
「私ね、陽翔くんと過ごす時間が長くなっていくほど、不安にもなるんだ。これがずっと続いたらいいなって思うけど……将来、変わっちゃうこともあるのかなって」
その声は、風に揺れる蝋燭のように、どこか心細いものだった。
陽翔は、そんな彼女の言葉をしっかりと受け止めるように、そっと隣に寄り添った。
「……不安になるのは、それだけ大事に思ってる証拠じゃないかな」
「……うん」
「俺も同じだよ。未来はまだわからない。でも、どんな未来でも——由愛のこと、大切にしてたい。ずっと隣にいたいって思ってる」
由愛の目に、ゆっくりと涙が滲む。
「……ほんと、ずるいよね。陽翔くんって」
「また言われた」
ふたりは顔を見合わせ、そして小さく笑った。
その笑顔は、冬の空の下、誰よりもあたたかかった。
——
そしてその夜、ふたりは駅前の小さなカフェに入って、隅の席に座った。温かい飲み物を手にしながら、ふたりの間に静かな空気が流れる。
ふと、由愛が口を開いた。
「ねえ、陽翔くんは……将来、なにかやりたいことってある?」
突然の問いかけに、陽翔は少しだけ眉を動かし、カップの湯気を見つめながら答える。
「……まだ“夢”って言えるほどじゃないけど。人の役に立つこと、できたらいいなって思ってる」
「うん……たとえば?」
「高校に入ってから、勉強を人に教えるの、意外と好きだなって思って。クラスメイトとか。わかんなかった問題が解けたって笑ってくれるの、嬉しくてさ」
「じゃあ、先生とか?」
「うん、教育関係も少し考えてる。あとは、学びの場に関われるような仕事……そういう方向に進めたらなって」
照れくさそうに言いながらも、どこか真剣な陽翔のまなざしに、由愛は小さくうなずいた。
「陽翔くんらしいね。誰かのことを思ってるところ」
「由愛は? 音楽のこと……やっぱり、関係してる?」
その言葉に、由愛の表情がすこし柔らかくなる。
「うん……本当は、ずっと音楽やっていたい。でも、プロの世界は厳しいし、甘くないってわかってる」
由愛は静かに視線を落とした。
「でもね、音楽で救われたことがあるから。誰かの心にそっと寄り添えるような、そんな音を届けられたらって思ってる」
「……歌?」
「ううん、歌だけじゃなくて。作曲とか、音響の勉強もしてみたい。舞台の裏側で支えるような、そんな仕事にも興味があるの」
自分の夢を語る彼女の横顔は、灯りに照らされてどこか大人びて見えた。
「じゃあ、進学先も……音楽系の学校?」
「うん。まだ迷ってるけど、専門か、芸術学部のある大学か。でも、ちゃんと勉強もしておかないと」
カップを両手で包みながら、由愛はふっと息を吐いた。
「でもね、陽翔くんと離れるの、ちょっと怖いな。進路が別になったら、今みたいに会えなくなるかもしれないでしょ?」
陽翔は少し黙って、それから彼女の手にそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫。たとえ道が違っても、俺たちは繋がってる。そう思えるくらい、ちゃんと信じてる」
由愛はその言葉に、ゆっくりとうなずいた。
「……うん。私も信じる」
カフェの窓の外、冷たい風に舞うイルミネーションの光が、まるで二人の未来を祝福するようにきらめいていた。




