137.君と歩く、変わり始めた日々
137.君と歩く、変わり始めた日々
十月の空気が少しずつ冷たくなってきたある日。
文化祭が終わって数日、由愛の歌声はまだ学校中で話題になっていた。
「あのステージの子、橘さんって言うんだよね?」
「めっちゃ歌うまかったし、顔も可愛かったし……やばくない?」
「……ていうか、彼氏いるってほんと?」
そんな噂が、陽翔の耳に入ってくることもしばしばあった。
(……ま、由愛が目立つのはわかるけどさ)
昼休み、廊下を一緒に歩いているだけで、ちらほらと感じる視線。
由愛もそれに気づいているようだったが、あえて何も言わず、穏やかに微笑むだけだった。
「……少しだけ、恥ずかしいかも」
そんなふうに言ってはにかむ彼女に、陽翔は苦笑いを返した。
「仕方ないって。あれだけのステージだったんだから。……普通に、俺も誇らしかったし」
そう言えば、由愛の頬がほんのり赤く染まる。
「……ありがとう。私もね、陽翔くんが見ててくれたの、すごく嬉しかったよ」
その言葉が、ふたりの距離をまた少し縮めていく。
——
放課後、校門を出て家路を歩く。
通りの木々が、少しずつ色づき始めている。
「ねえ、陽翔くん」
「ん?」
「……私、自分にちょっとだけ自信が持てるようになったの」
ふと立ち止まり、由愛はまっすぐ陽翔の目を見て言った。
「歌をちゃんと練習して、ステージに立って、……陽翔くんに褒めてもらえて、拍手ももらえて……。少しずつだけど、自分のことが好きになれた気がするんだ」
その瞳に宿る光は、春先の頃よりもずっと強く、あたたかかった。
「……じゃあさ」
陽翔も足を止めて、少しだけ目を伏せる。
「俺も、そろそろちゃんと考えなきゃなって思った。将来のこと。……大学とか、進路とか」
「え?」
「由愛がステージに立って、夢に一歩近づいたみたいにさ。俺も何か、見つけたいって思ったんだ。まだ何にも決まってないけど……」
陽翔の言葉に、由愛は静かに頷いた。
「……うん。陽翔くんなら、きっと大丈夫。私、ずっと応援するから」
そう言って笑う彼女の笑顔は、秋の光の中で優しく揺れていた。




