136.君の歌が、響いた日
136.君の歌が、響いた日
ステージのスポットライトが、ゆっくりと由愛を照らした。
校舎の中庭はすでに満席。生徒や教職員、保護者たちが集まり、ざわめきが広がっていたが——由愛がマイクを握ると、不思議なくらいに空気が静かになった。
春の文化祭とは違う。今回は“ひとり”でステージに立っている。
ピアノ演奏も、自ら準備した音源に合わせたソロの発表だ。
陽翔は客席の中ほどに立ち、静かに彼女を見つめていた。
由愛は、マイクを両手で握りしめると、そっと目を閉じ、そして——歌いはじめた。
静かに紡がれる、繊細な旋律。
まるで朝靄のような声が、風に乗って会場全体に染み込んでいく。
恋を知った季節。
誰かの隣で笑う喜び。
不安に震えた夜。
手を伸ばせば、そこにいてくれたぬくもり。
それらすべてが、由愛の歌に込められていた。
(あぁ……)
陽翔は、胸が締めつけられるのを感じていた。
誰かのために歌うって、こういうことなんだ。
あの日、最前列の席で聞いたときにはわからなかった。
でも今は、はっきりわかる。
この歌は——由愛が、陽翔に届けた“想い”そのものだ。
——私は、ちゃんと進んでるよ。
——あなたと出会って、少しずつ変われた。
——だから今、こうして歌えるの。
由愛は、ただ歌っていた。
飾らず、繕わず、まっすぐに。
その姿に、誰もが息を飲んでいた。
演奏が終わり、最後の一音がスピーカーから流れ切ると、会場は数秒の静寂に包まれた。
そして——大きな拍手が、空を割った。
「……すごかったね」「あの子、2年生だよね?」「泣きそうになった……」
そんな声があちこちから聞こえる。
けれど陽翔は、それらの言葉以上に、胸の奥で何か熱いものが膨らんでいくのを感じていた。
(……すごいよ、由愛)
心からそう思った。
これは、ただの発表じゃない。
誰かに見せるための演技じゃない。
由愛が、自分の想いと、これまでの時間を全部歌にして伝えた、本物のステージだった。
——
終演後、楽屋の裏手。
「由愛!」
走ってきた陽翔の声に、由愛は振り向いた。
「……見ててくれた?」
少し照れくさそうに笑う由愛に、陽翔は小さく頷いた。
「うん。……最高だった。ほんとに」
由愛の瞳が、少し潤む。
「ありがとう。……陽翔くんがいてくれたから、私はここまで来れたんだと思う」
陽翔は迷わず、そっと彼女の手を握った。
その手はまだ少し震えていたけれど、温かくて、確かだった。




