134.すれ違いと応援のかたち
134.すれ違いと応援のかたち
文化祭まで、あと一週間。
校内は準備に追われる熱気に包まれていた。
由愛は、昼休みの音楽室でひとり、椅子に座って譜面を見つめていた。
口元には緊張の色が浮かんでいる。
(……なんでだろう。練習もしてるし、歌詞も覚えてるのに)
ふとした瞬間、不安が胸をよぎる。
もし、ステージで失敗したら——
もし、陽翔くんに幻滅されたら——
そんな思いが、静かにのしかかる。
扉が開く音がして、陽翔が入ってきた。
「いた。……やっぱりここか」
「陽翔くん……ごめん、ちょっとひとりでいたくて」
その言葉に、陽翔は一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの優しい笑顔を浮かべた。
「ううん、大丈夫。でもさ、無理してない?」
「……少しだけ、怖いかも」
由愛の声は小さくて、消え入りそうだった。
「私……春のときも、緊張して足震えて。でも今回はもっと大勢の前で、しかも自分の作った歌を歌うから……」
陽翔は由愛の隣に腰を下ろし、静かに言った。
「緊張するのは、ちゃんと向き合ってる証拠だよ。……怖いって思うのは、逃げてないからだって、俺は思う」
由愛の肩が、すこし震えた。
そして、ぽつりと呟く。
「……陽翔くんは、私が思ってるよりずっと、大人だね」
「そんなことないよ。俺だって、ずっと不安だよ。……進路のことも、未来のことも、わからないままだから」
その言葉に、由愛ははっと顔を上げた。
「……そっか。陽翔くんも、悩んでるんだね」
「うん。でもね、ひとつだけ決めてることがある」
陽翔はまっすぐ由愛を見て、微笑んだ。
「ステージで歌ってる由愛を、ちゃんと見届けるってこと。……それは、絶対に変わらない」
由愛の頬が、ほんのりと赤く染まった。
不安の中にあった心が、少しずつほぐれていく。
「ありがとう……陽翔くん」
ふたりの間に流れる空気が、ゆっくりと穏やかなものに変わっていった。
外では、校庭に設営されるステージの鉄骨が組まれていく音が響いていた。
その音が、未来へ続く扉の音のように、陽翔と由愛の耳に届いていた。




