131.秋風の中で、重なる想い
131.秋風の中で、重なる想い
九月の風が、蝉の声を置き去りにして、校舎の窓をさらさらと揺らしていた。
二学期の始業式を終えた午後。
陽翔と由愛は、久しぶりに同じ下校ルートを選び、並んで歩いていた。
「なんか、夏が終わっただけで、一気に現実が押し寄せてくる感じだね」
由愛がそう呟いて、陽翔は苦笑する。
「わかる。進路希望調査のプリント、もう出たしね。俺、まだ白紙のままだし……」
「え、あんなに“理系に行く”って言ってたじゃん?」
「いや、そうなんだけどさ……この前、親とも少し話したんだ。理系は金がかかるって、それで“国立にしろ”とか“浪人はNG”とか、いろいろ現実的な話ばっかで……正直、少し考え直さなきゃって」
現実を突きつけられる年頃。
夢と現実のあいだで揺れる陽翔の言葉に、由愛は小さく頷いた。
「私もね、言い出してから、家の空気がちょっと変わった気がする」
「音大のこと?」
「うん。お姉ちゃんのときは、何もかもスムーズだったから……余計に、比べられてる感じがして」
由愛の言葉に、陽翔はふと立ち止まった。
風に髪を揺らしながら前を見つめる由愛の横顔は、強くて、でも少し寂しそうで。
「……でもさ、比べる必要ないよ。真帆さんは真帆さん。由愛は——由愛だろ?」
「……うん。ありがとう」
そう返す彼女の目には、少しだけ光が戻っていた。
その夜、陽翔のスマホにメッセージが届く。
──「明日、進路希望提出する前に、もう一度だけ話したいことがあるの。昼休み、図書室で待ってるね」
由愛からだった。
何を話すのかは書いていなかったけれど、陽翔の胸の奥に、ほんの少し緊張が走る。
昼休み。
校舎の喧騒から離れた図書室の奥で、陽翔はひとり、由愛を待っていた。
静寂の中、本のページをめくる音だけが小さく響く。
やがて、ふわりとドアが開き、由愛が現れた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん、今来たとこ」
ふたりは並んで座る。窓から差し込む秋の光が、由愛の髪をやわらかく照らしていた。
しばらく黙っていた彼女が、ふと小さな声で言った。
「……やっぱり、私、音大に行きたい」
陽翔は目を見開いた。
「でも……前、家ではあんまり強くは言えないって」
「うん。お姉ちゃんと比べられるのも怖いし、何より、音楽で生きていくなんて甘いって……親にも、担任にも言われた。でもね、それでも、やっぱり——歌っていたいの」
由愛の声は震えていたけれど、その目には、強い意志が宿っていた。
「高校に入って、ステージに立って、陽翔くんに『よかった』って言ってもらえて。あの瞬間が、今までのどんな時間よりも、自分らしくいられた気がしたの」
陽翔はゆっくりと由愛の手を取った。
「俺、由愛の歌が好きだよ。あのときも、今も、何度でも聴きたいって思う。……だから、迷っても、不安でも、由愛が本当に望む道なら、俺は応援する」
由愛の目に、ぽろりと涙が浮かんだ。
「……ありがとう。そんなふうに言ってくれるの、陽翔くんだけだよ」
「じゃあ、約束しよう」
「……約束?」
「お互い、夢に向かって本気で頑張る。そして来年、笑って報告しあおう。“第一志望、合格したよ”って」
由愛は少し目を見開いて、それから——小さく笑った。
「……うん。絶対に、そうしようね」
図書室の静寂の中、二人の小さな手と手が強く結ばれていた。




